缶ビールを急いで冷やすなら冷凍庫より塩入りの氷水、数分で済む理由と塩の量
来客の直前になって、冷蔵庫に入れ忘れた缶ビールの箱に気づく。年末年始の集まりでは、わりとよく起きる場面だ。とりあえず冷凍庫に放り込みたくなるが、急ぐならそれは遠回りになる。いちばん速いのは、バケツか鍋に氷と水を張り、そこに塩を溶かして缶を沈める方法だ。この記事では、なぜ塩を入れた氷水が冷凍庫より速いのかを、熱の伝わり方と温度の2つに分けて数字で説明し、塩の量、冷えるまでの時間、そして入れっぱなしにしたときに缶の中身が凍り始める時刻まで整理する。 先に結論、350ml缶が5℃になるまでの目安 最初に結論を表にしておく。条件は、室温25℃の350ml缶を、飲みごろの5℃まで冷やす場合だ。時間は後半で説明する簡単な計算による推定値で、缶の置き方やかき混ぜ方で前後する。 冷やし方 周りの温度 5℃までの推定時間 中身が凍り始めるまでの推定時間 冷凍庫(空気) -18℃ 約45〜50分 約75分 氷水 0℃ 約6分 凍らない 塩を入れた氷水 -5℃前後 約4分 約9分 塩を入れた氷水で缶を回す -5℃前後 約2〜3分 約5分 この表から読み取れることは3つある。1つ目は、冷凍庫は周りの温度がいちばん低いのに、いちばん遅いということ。2つ目は、塩を入れなくても、氷水にするだけで冷凍庫より大幅に速くなるということ。3つ目は、塩を入れた氷水は速いぶん、入れっぱなしにすると10分ほどでビールが凍り始めるということだ。以下で、それぞれの理由を順に見ていく。 冷凍庫が遅いのは、空気が熱を運ばないから 氷を詰めたバケツに瓶を差し込んだ状態。冷やすには、この隙間に水を足すと効率が上がるPhoto: Atsme / CC BY-SA 4.0 缶が冷えるというのは、缶の中身が持っている熱が、缶の外側に移っていくということだ。この熱の移り方は、缶の周りが何でできているかで大きく変わる。冷凍庫の中で缶を取り囲んでいるのは空気で、氷水の中では水になる。 熱の伝えやすさを表す数字に、熱伝導率(ねつでんどうりつ)がある。空気は約0.026W/m·K、水は約0.6W/m·Kで、水は空気のおよそ23倍も熱を通しやすい。さらに、物の表面から周りへ熱が移る速さを表す熱伝達率(ねつでんたつりつ)で比べると、差はもっと開く。教科書的な目安では、空気がゆるく流れるだけのときは1平方メートルあたり5〜25W/K程度、水では50〜1,000W/K程度とされている。この記事の計算では、冷凍庫の空気を10、静かな氷水を200と置いた。ざっと20倍の差だ。 冷凍庫の温度は-18℃前後なので、缶との温度差は最初43℃もある。氷水は0℃なので、温度差は25℃しかない。温度差だけ見れば冷凍庫が有利に見えるが、熱が移る速さは「熱伝達率×表面積×温度差」で決まる。温度差が2倍近くあっても、熱伝達率が20分の1では勝負にならない。冷凍庫が冷たいのに遅いのは、缶の周りの空気が熱をほとんど運んでくれないからだ。 もう1つ、冷凍庫には扉を開けるたびに冷気が逃げるという弱点もある。様子を見ようと何度も開け閉めすると、そのたびに庫内の温度が上がり、さらに時間がかかる。 塩を入れると、氷水が0℃より冷たくなる 塩化ナトリウムの結晶。氷水に溶けると、水が凍る温度を0℃より下げるPhoto: Photograph by the NASA Expedition 6 crew / Public domain 氷水だけでも十分速いのに、なぜ塩を入れるのか。理由は、氷水の温度そのものを0℃より下げられるからだ。 真水は0℃で凍り、氷は0℃で溶ける。ところが水に塩が溶けていると、凍る温度が0℃より下がる。これを凝固点降下(ぎょうこてんこうか)と呼ぶ。氷と塩水が接していると、氷は塩水の凍る温度まで冷えないと形を保てないので、自分を溶かしながら周りの熱を奪い、氷水全体の温度を下げていく。氷が溶けるときに吸う熱は1gあたり約334Jで、この熱を缶の中身から受け取るわけだ。 塩水の濃さと、凍り始める温度の関係は次のとおりだ。濃さは、塩と水を合わせた重さに対する塩の割合で表している。 塩の濃さ(重さの割合) 凍り始める温度 5% 約-3.0℃ 10% 約-6.6℃ 15% 約-10.9℃ 20% 約-16.5℃ 23.3% 約-21.1℃(これ以上は下がらない) 理屈の上では、塩水は-21℃あたりまで下げられる。ただ、冷たい水には塩が溶けにくく、氷が溶けるたびに塩水が薄まっていくので、家庭のバケツでそこまで下げるのは難しい。実用上は-3〜-7℃くらいを狙うのが現実的で、それでも0℃の氷水と比べると缶との温度差は2割から3割ほど広がる。その分だけ、冷える時間が短くなる。 冷える時間の計算、なぜ数分で済むのか ここで、冒頭の表の数字がどう出てきたのかを説明しておく。厳密な計算ではなく、目安をつかむための簡単なものだ。 350mlの缶を25℃から5℃まで冷やすには、中身からどれだけの熱を抜けばよいか。ビールやジュースはほとんど水なので、水の比熱(1gを1℃上げ下げする熱の量)である約4.18Jを使うと、350g×4.18J×20℃で約29,000J、つまり約29kJになる。アルミ缶そのものの分は数百J程度なので、ここでは無視してよい。 次に、缶の表面積を見積もる。一般的な350ml缶は直径およそ6.6cm、高さおよそ12.2cmなので、側面と上下を合わせて約0.032平方メートルになる。中身の熱を表面からどれだけの速さで逃がせるかは、先ほどの熱伝達率と表面積の掛け算で決まる。缶が冷えるにつれて周りとの温度差は小さくなっていくので、冷え方は最初が速く、だんだんゆっくりになる。この性質を考えると、冷えるまでの時間は次の値で決まる。 冷凍庫(熱伝達率10): 缶の温度変化の「時定数(じていすう)」は約76分。-18℃の空気の中で25℃から5℃まで下がるのに約48分 氷水(熱伝達率200): 時定数は約3.8分。0℃の水の中で5℃まで下がるのに約6分 塩を入れた氷水(-5℃): 同じ時定数で、5℃まで約4分 時定数とは、周りとの温度差が約37%まで縮むのにかかる時間のことだ。氷水の時定数が冷凍庫の20分の1になっているのは、熱伝達率の差がそのまま出ているからだ。 ...