貝殻の虹色を酒で呼び覚ます、高岡漆器 螺鈿ガラス 金杯(万華鏡)桜
ガラスの盃なのに、底に貝が埋め込まれている。しかも酒を注ぐまでその貝の模様がはっきり見えない、という仕掛けの酒器がある。富山県高岡市の天野漆器が作る「螺鈿ガラス 金杯(万華鏡シリーズ)」の桜柄を、今回は隅から隅まで見ていく。 高岡漆器という産地 — 城下町から始まった400年 高岡漆器 螺鈿ガラス 金杯(万華鏡) 桜(貝入)Amazonで見る → 高岡漆器のルーツは1609年、加賀藩2代藩主・前田利長が高岡城を築いた際、城下に職人を集めて武具や膳、箪笥といった日用品を作らせたことに遡るという。以来、明和年間(1764〜1772年)に中国風の意匠を取り入れたことをきっかけに技法が発展し、明治初期までに「彫刻塗」「勇助塗」「青貝塗(螺鈿)」という3つの技法体系が確立された。1975年9月4日には経済産業大臣指定の伝統的工芸品にも指定されている。 彫刻塗は木地に彫刻を施し、その凹凸を埋めないよう朱や黒の漆を幾重にも塗り重ねる技法。勇助塗は江戸末期に石井勇助が中国明代の漆器を研究して興したもので、唐風の意匠に錆絵や箔絵を組み合わせる。そして青貝塗、いわゆる螺鈿が、今回の主役である盃に使われている技法にあたる。 螺鈿という技法 — 貝殻の虹色はどこから来るのか 螺鈿は、アワビ貝などの貝殻を0.1mm前後まで薄く加工し、刀や針で細かく切り出した破片を漆の上に貼り付けて模様を描く技法だ。高岡の職人はこの「薄貝」の加工精度に定評があるという。 貝殻があの虹色に輝く理由は、色素ではなく構造色によるものらしい。真珠層は炭酸カルシウムの結晶がミクロン単位で何層にも重なった構造をしていて、その層と層の間で反射した光同士が干渉し合うことで、見る角度によって色合いが変わって見える。夜空の星のように、光の当たり方次第で表情を変える装飾になるわけだ。使われている貝の種類によっても発色の傾向は変わり、アワビ貝は青や緑を基調にしつつピンクや黄も覗かせる、わりと華やかな輝き方をする貝だと言われている。 ガラスに螺鈿を宿す、という発想 伝統的な螺鈿は漆器の表面、つまり木地の上に施すものだったが、この盃は螺鈿をガラスの内側に閉じ込めている。天野漆器の5代目・天野真一氏が2009年頃に開発に成功したもので、盃の底に螺鈿の模様を仕込み、酒を注いで初めてその輝きが水面に浮かび上がるという仕掛けだ。 作り方は、まずアワビ貝を薄く剥がして手作業で一枚ずつ切り出し、ガラス面から輝きが透けて見えるよう貼り付ける。次に貝の裏側に着色し、最後に漆で裏打ちして固定する。空の状態では模様がうっすらとしか見えないのに、酒を注いだ瞬間に貝の輝きが液面越しにくっきり浮かび上がる、という体験そのものが設計されている。 この開発の背景には、高岡漆器そのものが抱えていた課題があったようだ。記念品として贈られても実際には使われず、しまい込まれたままになっている時間のほうが長い——そんな伝統工芸の現状に対して、「押し入れの記念品ではなく、日々の暮らしの道具に」という発想の転換から生まれたのがこの螺鈿ガラスだという。試行錯誤には約2年をかけたそうで、2022年にはクラウドファンディングも実施されている。 「金杯[万華鏡シリーズ]」のスペックと柄のバリエーション 高岡漆器 螺鈿ガラス 金杯(万華鏡) 桜(貝入)Amazonで見る → サイズは直径約58mm×高さ約81mm、容量は約70mlというミニマムなサイズ感で、素材はガラス・漆・アワビ貝の3つを組み合わせた構成になっている。表面は十二角形にカットされ、縁には金の装飾が入る。この金縁と多角形カットのおかげで、光の反射がいくつもの面に分散し、螺鈿の輝きがより複雑に見える設計になっているのだと思う。 柄は桜(貝入)のほかに、水玉・花火・四宝・青海波・麻の葉といったバリエーションがあり、多くは黒地をベースに、桜だけは朱地のバージョンも用意されている。桜は「繁栄」や「物事のはじまり」を意味する吉祥文様、麻の葉はまっすぐ育つ麻にあやかった成長・魔除けの意味を持つ伝統文様で、江戸時代には赤ん坊の産着にもよく使われていたらしい。単なる装飾ではなく、それぞれの柄に縁起物としての意味が込められている。 専用の化粧箱に入って届くので、贈答用としての体裁も整っている。同シリーズの他アイテムを見ると、クリスタル素材の杯やロックグラスタイプなど価格帯の異なる展開もあり、この金杯はシリーズの中では比較的手に取りやすい価格帯に位置しているようだ。 扱い方の注意点 ガラス・漆・貝という異素材の組み合わせなので、食器洗浄機や電子レンジ、オーブンの使用は避けたほうがいい。漆器全般に言えることだが、急激な温度変化や高圧の水流は漆の劣化や貝の浮き上がりの原因になりやすい。台所用の中性洗剤と柔らかいスポンジで手洗いし、洗ったあとはすぐに布で水気を拭き取るのが安心だと思う。 用途としては基本的に冷酒向けに企画された酒器で、直火や熱湯を使う燗酒での使用は想定されていなさそうだ。ガラス自体は他の飲み物にも転用できそうな作りではあるが、螺鈿の輝きを最大限楽しみたいなら、やはり日本酒を注いで本来の使い方をするのが一番だろう。 価格帯・現行性について Amazonでの価格は9,900円。同じ万華鏡シリーズの中では、桜柄は8,800円台で直販されているケースもあり、送料や販路によって多少の差があるようだ。ふるさと納税の返礼品としても高岡市から提供されており、伝統工芸品としての価値づけがされていることがうかがえる。天野漆器は現在も高岡でこのシリーズを製造・販売しており、生産終了の兆候は見当たらない。 伝統的な螺鈿は表側から眺めて楽しむものだったが、この盃は酒を注ぐという行為そのものが装飾を完成させる仕掛けになっている。400年続く産地の技術を、記念品ではなく日常の一杯に落とし込んだ工夫として、じっくり眺めてみる価値のある一本だと思う。 関連記事: 廣田硝子のちろりで燗をつける、大正の灯りを写した耐熱ガラス · 盃の底に紅と金の富士山、田島硝子 金箔富士 冷酒杯(桜)