夜遅く、部屋の明かりを落としてECMのレコードをかけると、最初の音が鳴るまでの数秒がやけに長く感じられることがある。針が溝を進む小さな音のあとに、ピアノの一音がぽつりと置かれ、その響きがゆっくりと部屋の隅へ消えていく。次の音が来るまでのあいだ、耳はその消えていく響きを追いかけている。気がつくと、音楽を聴いているのか、静けさを聴いているのか分からなくなる。
ジャズのレコードといえば、煙の立ちこめるクラブで、楽器どうしが肩をぶつけ合うように鳴る音を思い浮かべる人が多いと思う。ECMの盤から聞こえてくるのは、それとはずいぶん違う景色だ。楽器のまわりに広い空間があり、音は遠くまで届いてから静かに消える。この記事では、1969年にドイツのミュンヘンで生まれたこの小さなレーベルが、どのようにして「静けさごと録る」音を作り上げてきたのかを、人と録音の場所と何枚かの名盤からたどってみたい。読み終えたあと、手元の一枚をかけ直したとき、音と音のあいだに耳を澄ます楽しみがひとつ増えていればうれしい。
「沈黙の次に美しい音」という言葉
ECMは「エディション・オブ・コンテンポラリー・ミュージック」の頭文字をとった名前で、1969年にミュンヘンで始まった。中心にいたのは、1943年にドイツ南部の湖畔の町リンダウで生まれたマンフレート・アイヒャーという人物だ。彼はもともとベルリンで学んだクラシックのコントラバス奏者で、オーケストラで弦を弾いていた。最初のリリースはピアニスト、マル・ウォルドロンのトリオによる『Free at Last』で、まだ誰も、このレーベルが半世紀以上続くとは思っていなかった。
コントラバス奏者というのは、アンサンブルのいちばん低いところで、ほかの楽器の響きを下から支える役回りだ。自分の音が全体の中でどう響いているかを、いつも耳で確かめながら弾いている。アイヒャーが録音の現場で何よりも響きと空間にこだわったのは、この経歴と無関係ではないと私は思っている。演奏する側にいた人が、録る側に回ったとき、マイクの前の空気まで楽器の一部として扱うようになったのは自然なことだったのだろう。
レーベルを象徴する言葉として、今もよく知られているのが「沈黙の次に美しい音」というフレーズだ。これはアイヒャー自身が考えた宣伝文句ではなく、1971年ごろにカナダのジャズ誌に載った評から生まれた言い回しだとされている。外から与えられたこの一言を、レーベルはやがて自分たちの姿勢そのものとして引き受けていく。音楽は静けさの中から立ち上がり、静けさへ帰っていく。そのあいだにある音を、できるだけ澄んだ形で残すこと。言葉にすると簡単だが、それを何十年も守り続けるのは簡単ではない。
ジャズのレーベルには、創業者の好みがそのまま音の色になる例が少なくない。ただ、ECMほど「どの盤を聴いても同じ空気が流れている」と感じさせるレーベルは、ほかにあまり思い当たらない。その空気を作っていたのは、アイヒャーの耳と、もうひとりの人物の手だった。
オスロの小さなスタジオと、ひとりの技師の耳
ECMの音を語るとき、ミュンヘンと同じくらい大事な地名がノルウェーのオスロだ。この街で、ヤン・エリック・コングスハウグという録音技師が、1970年ごろからECMの録音を手がけるようになる。彼は1944年生まれのギタリストでもあり、1984年にはオスロに自分のスタジオ、レインボー・スタジオを開いた。2019年に亡くなるまでに関わったレコードは数千枚にのぼり、そのうち700枚ほどがECMの作品だったといわれる。ECMの棚に並ぶ盤の多くは、この人の耳を通って世に出たことになる。
彼らの録音のやり方は、驚くほど手早い。典型的なセッションは、2日ほどで録り終え、もう1日でミックスまで仕上げてしまう。何週間もかけて音を重ね、少しずつ磨いていくのとは正反対のやり方だ。演奏家はスタジオに入り、アイヒャーが同じ部屋で耳を傾け、コングスハウグがその場の空気ごとテープに収める。時間をかけないぶん、その日その場所でしか生まれない緊張感が、そのまま盤に刻まれている。
もうひとつの特徴が、残響の使い方だ。ECMの盤では、楽器のまわりにたっぷりとした響きが漂っている。ただし、それは音をぼやかすための霧ではない。ピアノのハンマーが弦を打つ瞬間や、シンバルの最初のきらめきは、驚くほどくっきりと聞こえる。その輪郭の外側に、響きが広い空間として広がっている。アイヒャーは残響そのものをひとつの楽器のように考えていた、と語られることが多い。音を足すためではなく、音のまわりに余白を描くための道具として、響きを扱っていたのだと思う。
私がECMの盤を聴いていていちばん心地よく感じるのは、音が消えていく最後の部分まで、丁寧に残されているところだ。一音を弾いたあと、その響きが静けさに溶けきるまで、次の音は待っている。演奏家がその「待つ時間」を恐れずにいられるのは、録る側がその時間を大事に扱ってくれると信じているからだろう。録音の技術というより、演奏家と録る人のあいだの信頼が、あの静けさを支えているように感じる。
ケルンの調子の悪いピアノと、キース・ジャレットの即興

ECMという名前を、ジャズを聴かない人にまで届けた一枚が、キース・ジャレットの『The Köln Concert』だ。1975年1月24日、ドイツのケルンにある歌劇場で、深夜に近い時間に行われたピアノ独奏の記録である。ジャレットは前夜からほとんど眠れておらず、しかも会場に用意されていたのは、頼んでいたものとは違う小ぶりで調子の悪いピアノだった。高音は耳に刺さり、低音は鳴りが弱く、ペダルにも癖があったという。
普通なら演奏を取りやめてもおかしくない状況で、ジャレットは鍵盤の真ん中あたりの、まともに鳴る音域を中心に弾くことを選んだ。左手で同じ形を繰り返しながら、右手で長い旋律を紡いでいく。その結果、細かな技巧を見せる演奏ではなく、ひとつの響きをじっくり育てていくような、歌うような即興が生まれた。この盤は、ピアノ独奏のアルバムとしても、ジャズのアルバムとしても、群を抜く売れ行きを記録し、今も数百万枚の単位で語られている。
この録音を聴いていると、悪条件がむしろ音楽を研ぎ澄ませたのではないかと思えてくる。鳴らない音を避け、鳴る音だけで組み立てるという制約が、余計なものをそぎ落とした演奏につながった。そして、その演奏を飾らずにそのまま残したことが、ECMらしい誠実さでもあった。客席のかすかな物音や、ジャレットが思わず漏らす声まで含めて、あの夜のケルンの空気がまるごと閉じ込められている。
初めてこの盤を通して聴くなら、部屋を少し暗くして、最初の数分だけは何もせずに耳を預けてみてほしい。最初のフレーズが静けさの中からどう立ち上がり、どう次の音へつながっていくのか。それを追いかけているうちに、ECMの盤が「静けさごと録る」と言われる意味が、言葉より先に体で分かってくると思う。
ガルバレクのサックスが運んできた北の空気

ECMの音を「北欧の空気」と結びつけて語る人は多い。その印象を作った一人が、ノルウェーのサックス奏者ヤン・ガルバレクだ。1970年前後からECMで録音を重ねてきた彼のサックスは、太く熱く吠えるアメリカのテナーとは違い、冷たく澄んだ空気の中をまっすぐ伸びていくような音をしている。長く引き延ばされた一音が、広い残響の中で少しずつ形を変えていく。その響きを聴いていると、雪の野原や、水平線まで続く海の景色が目に浮かんでくる。
オスロのスタジオで録られたガルバレクの演奏は、コングスハウグの手によって、楽器のまわりに大きな空間を与えられた。サックスの息づかいやキーの小さな音までが聞こえるほど近いのに、音全体は遠くの空へ放たれていくように感じられる。近さと遠さが同時にある、この不思議な感覚こそが、ECMの録音の大きな魅力だと私は思っている。
ガルバレクの名をさらに広く知らしめたのが、1994年に出た『Officium』だ。イギリスの声楽グループ、ヒリアード・アンサンブルが歌う中世や古い聖歌に、ガルバレクのサックスが自由に寄り添っていく。録音されたのは、オーストリアの山あいにある修道院、ザンクト・ゲロルトの教会だった。石の壁に囲まれた空間の自然な響きが、声とサックスを包み込み、まるで何百年も前の祈りの中に迷い込んだような時間を作り出している。ジャズとも古楽とも言い切れないこの一枚は、ジャンルの枠を越えて多くの人の手に渡った。
『Officium』を聴くと、ECMにとって大切だったのは「ジャズかどうか」ではなく、「その音にふさわしい空間で録れるかどうか」だったのだと分かる。スタジオでも教会でも、響きが音楽を支える場所を選び、そこで鳴った音をそのまま残す。その考え方が、やがてレーベルをクラシックや現代音楽の世界へも広げていくことになる。
ニュー・シリーズとペルトの鈴の音

1984年、ECMは作曲された音楽を扱う「ニュー・シリーズ」を立ち上げる。その最初を飾ったのが、エストニアの作曲家アルヴォ・ペルトの作品集『Tabula Rasa』だった。ヴァイオリンのギドン・クレーメルや、ピアノのキース・ジャレットらが参加したこの盤で、多くの人が初めてペルトの音楽に出会った。ジャズのレーベルが現代の作曲家を紹介するという組み合わせは当時意外に受け止められたが、聴いてみると、これほど自然な出会いはなかったと感じる。
ペルトの音楽は、ごく少ない音でできている。ゆっくりと上下する旋律に、鈴の音のように和音の音が重なっていく。彼自身がこの書き方を「ティンティナブリ」、つまり鈴の鳴るような様式と呼んだ。音数が少ないぶん、ひとつの音が鳴ってから消えるまでの時間が、音楽の大事な部分になる。ここでもまた、静けさが音楽の中に組み込まれている。ECMが長年かけて磨いてきた「響きを丁寧に残す録音」は、ペルトの音楽のためにあったのではないかと思えるほど、よく似合っている。
『Tabula Rasa』の最後に置かれた曲では、弦楽器の長い音が少しずつ薄れていき、やがて完全な静けさに行き着く。スピーカーから何も聞こえなくなってからも、しばらく耳はその余韻を探し続ける。私はこの曲を聴き終えたあと、すぐに次の盤をかける気になれず、部屋の静けさをそのまま味わうことが多い。音楽が終わったあとの静けさまで含めて一つの作品になっている。それを感じさせてくれる録音は、そう多くない。
ニュー・シリーズはその後、古い時代の声楽から現代の作曲家まで、幅広い音楽を送り出していく。ジャズの棚とクラシックの棚の両方にECMの盤が並ぶようになったのは、ジャンルではなく響きの考え方で音楽を選んできた結果なのだと思う。
ジャケットの風景も、音の一部
ECMの盤を手に取ると、ジャケットの静かな佇まいにも気づく。霧に煙る湖、雪をかぶった野原、どこまでも続く水平線。人の姿がほとんど写っていない、余白の多い写真や、抑えた色の文字組みが多い。演奏家の顔写真を大きく載せることの多いジャズの世界では、かなり珍しい作り方だ。
この視覚の流儀を形づくったのが、レーベルの初期にデザインを手がけたバルバラ・ヴォイルシュだった。彼女は簡潔な文字と抽象的な図柄で、音楽の前に余計な説明を置かないジャケットを作り上げた。1970年代の終わりからは写真家のディーター・レームが加わり、映画のひと場面のような風景写真が増えていく。どちらにも共通しているのは、見る人に想像の余地を残す余白だ。
ジャケットの風景を眺めてから盤をかけると、その景色の中で音楽が鳴っているような気分になる。音の余白とジャケットの余白が、同じ考え方から生まれていることがよく分かる。レコード棚からECMの盤を1枚引き抜いて、まずはしばらくジャケットを眺めてみる。それから針を落とす。そんな聴き方をすると、音が鳴り始めるまでの時間まで楽しめるようになる。
レーベルは2017年の秋に、それまで控えていたストリーミング配信にも作品を出すようになった。今はスマートフォンからでも、ケルンの夜やオスロのスタジオの響きにすぐ触れられる。アイヒャーは2026年の夏に83歳を迎え、今もレーベルの顔として新しい録音に関わり続けている。半世紀以上積み重なった棚は、どこから手をつけてもいいほど広い。
静けさを聴くための、少しだけ丁寧な聴き方
ECMの盤は、ながら聴きでも心地よく流れていく。けれど、その本当の魅力が見えてくるのは、少しだけ丁寧に向き合ったときだと思う。私がよくやるのは、音量をいつもより少し下げることだ。大きな音で聴くと、つい音の厚みや迫力に耳がいってしまう。小さめの音量にすると、むしろ響きが消えていく最後の部分や、演奏家の息づかいに注意が向くようになる。
もうひとつは、曲の終わりで急いで次へ進まないことだ。最後の音が消えて、スピーカーが静かになっても、すぐには止めずに数秒待つ。録音の中に残された部屋の空気が、まだほんの少し鳴っていることに気づくはずだ。その数秒こそが、ECMが半世紀以上かけて守ってきたものなのだと思う。
忙しい一日の終わりに、明かりを落として一枚かける。最初の音が静けさから現れ、また静けさへ帰っていくのを、ただ追いかける。その30分ほどのあいだ、時計の進み方が少しゆっくりになり、頭の中の騒がしさが遠のいていく。音楽を聴くというより、静けさの中に身を置く時間を手に入れる感覚に近い。
最初の一枚に迷うなら、ジャレットの『The Köln Concert』で即興が生まれる瞬間に立ち会い、ガルバレクとヒリアード・アンサンブルの『Officium』で石造りの教会の響きに包まれ、ペルトの『Tabula Rasa』で音が消えていく先の静けさまで味わってほしい。3枚を聴き終えるころには、「沈黙の次に美しい音」という言葉が、きっと自分の耳の感覚として腑に落ちていると思う。