曲を作っていて、いちばん手が止まりやすいのは歌の部分だと思う。メロディはできた、コードも決まった、仮の歌詞もある。けれど、それを誰かに歌ってもらうまでは、曲がどんな姿になるのかがなかなか見えてこない。自分で歌って録る手もあるが、音域が合わなかったり、夜中で声が出せなかったりと、思うようにいかないことのほうが多い。
ACE Studioは、そうした場面のためのソフトだ。ピアノロールに音符を並べ、そこに歌詞を割り当てると、AIが学習した歌い手の声でそのメロディを歌ってくれる。声の種類は140を超え、日本語を含む8つの言語に対応している。仮歌を起こすための道具としても、最終的な歌のトラックを作るための道具としても使える。
この記事では、ACE Studioでボーカルトラックを作る流れを、メロディの用意、歌詞の入力、声の選択、調声、DAWとの連携という順番に追っていく。そのうえで、ボーカロイドに代表されるこれまでの歌声合成と考え方がどう違うのか、そして価格や商用利用の条件がどうなっているのかを整理する。
ACE Studioとは何か、2.0で何が変わったのか

ACE Studioは、TimeDomainという会社が開発しているAIの歌声合成ソフトだ。大きな節目になったのは2026年1月に出たバージョン2.0で、声の数がそれまでの80ほどから140を超えるところまで増え、扱える言語も8つになった。英語、中国語、日本語、韓国語、スペイン語、イタリア語、フランス語、ポルトガル語の8つで、日本語の声はこのときに13人分が新たに加わっている。
2.0では歌声以外の機能も一気に広がった。弦楽器や木管楽器をAIで鳴らす楽器モデルが18種類、録音された曲をボーカルやドラム、ベースなどに分けるステム分離、歌った声や録音した音からMIDIを取り出す機能、そして自分の声を学習させて専用の声モデルを作る機能が入っている。歌声合成ソフトというより、歌を中心にした小さな制作環境といったほうが近い姿になった。
その後も更新は続いていて、2026年3月の2.0.7では映像に合わせて曲を付けるVideo Composerが入り、6月の2.1.2ではVST3やAUのエフェクトプラグインをACE Studioの中で使えるようになった。この記事を書いている時点で最新なのは、9月に出た2.1.7だ。ここでは音素の境目を細かくずらせるようになり、一音一音の子音と母音の切り替わりまで手で整えられるようになっている。
メロディを用意する、ピアノロールとMIDIの読み込み

歌わせる前に必要なのは、歌のメロディだ。ACE Studioの画面は、横に時間、縦に音の高さが並ぶ一般的なピアノロールになっていて、マウスで音符を描き込んでいけばそれがそのまま歌のメロディになる。音符の長さや位置は、DAWで打ち込みをするときと同じ感覚で整えられる。
すでにDAWでメロディを打ち込んでいるなら、MIDIファイルとして書き出してACE Studioに読み込むのがいちばん早い。仮歌をシンセのリード音で鳴らしていた人なら、その打ち込みデータをそのまま渡せばよい。後で触れるACE Bridge 2を使えば、DAWのトラックで弾いたMIDIを録っていく形でも渡せる。
メロディを打ち込むのが面倒なときは、鼻歌から始める手もある。歌った声を読み込ませると、そこからMIDIのメロディを取り出してくれるので、思いついたフレーズを口ずさんで録り、それを別の声で歌い直させる、という使い方ができる。音程の取り出しが完全に正確とは限らないので、取り出した後でピアノロールを見ながら音符を整えることになるが、ゼロから打ち込むよりはずっと早いと感じる。
ここで意識しておきたいのは、ACE Studioに渡すメロディは「歌い手に渡す譜面」に近いものだということだ。音符の長さを細かく揃えすぎると、歌のほうでかえって息継ぎの余裕がなくなる。フレーズの終わりに少し隙間を空ける、伸ばす音は長めに取る、といった、人が歌うときに必要な余白を最初から残しておくと、後の調声がずいぶん楽になる。
歌詞を乗せる、8つの言語と一音ずつの割り当て
メロディができたら、歌詞を乗せていく。基本は、音符ひとつに一音ずつ歌詞を割り当てていく形で、ボーカロイドなどの歌声合成ソフトを触ったことがある人ならすぐになじめると思う。歌詞をまとめて入力して、並んだ音符に順番に流し込むこともできるので、一曲分の歌詞を一音ずつ打ち込む手間はかからない。
言語は声とは別に指定できる。日本語の曲の途中に英語のフレーズが入る、といった現代のポップスにありがちな歌詞も、同じ声のまま歌わせ分けられる。声モデルによって得意な言語はあるものの、別の言語で歌わせることもできるので、英語圏の歌い手の声で日本語を歌わせるといった試し方も可能だ。ただ、この場合は発音にやや癖が残ることがあり、細かな修正が必要になる場面は増える。
発音が思ったとおりにならないときは、歌詞の下にある発音記号、つまり音素の並びを直接いじることになる。2.1.7で入った音素の境目の調整は、ここで効いてくる。たとえば「さ」の子音を少し前に出して、拍の頭にちょうど母音が来るようにする、といった調整ができるので、リズムの立った曲で歌がもたついて聴こえるときに頼りになる。日本語の歌は子音が短く母音が長いので、境目を少し動かすだけで、言葉の聴き取りやすさが目に見えて変わると感じた。
歌詞を乗せた段階で、一度通して聴いてみるとよい。ACE Studioはこの時点で、すでにかなり「歌っている」音を返してくる。音程の揺れ方、フレーズの入りの膨らみ方、語尾の抜け方といった表情が、何も手を加えなくてもある程度付いているからだ。ここが、これまでの歌声合成と大きく違うところで、後の調声の考え方にもつながってくる。
声を選ぶ、140を超えるモデルとVoiceMix

歌わせる声は、140を超えるモデルの中から選ぶ。ポップス、バラード、ラップ、カントリー、シャンソンといったジャンルごとに得意な声が揃っていて、子どもの合唱のような声もある。どの声も実在の歌い手の歌唱をもとに作られていて、声の提供者には利用料が支払われる仕組みになっている。権利の扱いがはっきりしている点は、作品として外に出すときの安心材料になる。
声選びでいちばん便利なのは、同じメロディと歌詞のまま、声だけを次々に差し替えて聴き比べられることだ。キーが高い曲で男性の声と女性の声のどちらが合うか、柔らかい声と張りのある声のどちらが曲の雰囲気に合うかを、歌い手を何人も呼ばずに確かめられる。曲のキーを決める前に、いくつかの声で歌わせてみて決める、という順番も取れる。
VoiceMixという機能を使うと、複数の声を混ぜ合わせて新しい声を作れる。ある声の明るさと別の声の太さを足し合わせる、といった調合ができるので、既存の声の中にぴったりのものが見つからないときの逃げ道になる。混ぜた声は改めて学習させる必要がなく、その場で使える。
コーラスを重ねたいときは、合唱のモードが役に立つ。同じパートを何人もで歌っているような厚みを、タイミングや左右の広がり、音量の散らばり具合を調整しながら作れる。主旋律の後ろに薄くハモりを足す、サビだけ声を重ねて厚くする、といった使い方なら、トラックを複製して別の声を割り当てるだけで形になる。
調声の考え方、足していく作業から整えていく作業へ
ボーカロイドで歌を作ったことがある人にとって、調声は「平らな歌に表情を足していく」作業だったと思う。音符どおりにまっすぐ歌う声に、ビブラートを足し、音程の移り変わりにしゃくりを入れ、語尾に息を混ぜ、強弱を書き込んでいく。録音された音素の断片をつなぎ合わせる方式では、何もしなければ機械的に聴こえるので、人らしさを一つずつ積み上げていく必要があった。
ACE Studioでは、出発点が違う。歌唱そのものを学習したモデルが歌うので、歌詞を乗せた時点ですでに表情が付いている。調声は、その表情の中から気になるところを選んで整えていく作業になる。言い換えると、足し算ではなく引き算や微調整が中心になる。
整えるためのパラメーターは、音程の曲線を描くPitch、揺れを書くVibrato、息の量を決めるBreathやAir、裏声への寄り方を決めるFalsetto、声の張りを決めるTension、歌う勢いを決めるEnergy、声の太さや性別の印象を変えるFormantといったものが並ぶ。いずれも時間に沿って曲線で書き込めるので、サビの頭だけ張りを強める、フレーズの最後だけ息を多くする、といった部分的な調整ができる。2.1.6からは、BreathやFalsetto、Tension、Energyの4つが歌の動きに合わせて自然に変化する扱いになり、曲線をゼロから描かなくても、全体の傾向を動かすだけで表情が変わるようになった。
もう一つの違いは、歌い直しの扱いだ。気に入らないフレーズがあれば、パラメーターを少し変えて歌わせ直し、良くなったものを採用すればよい。人の歌い手に何テイクか歌ってもらい、良いところを選ぶ作業に近い。音程の曲線を一本ずつ描き直すより、この「歌い直しを選ぶ」ほうが早く目的の歌にたどり着けることが多いと感じる。
その分、ボーカロイドのように細部まですべてを自分の手で決めたい人には、少しもどかしく感じる場面があるかもしれない。AIが付けた表情を全部消して平らにする、というやり方は得意ではないからだ。歌い手に指示を出して歌い方を寄せていく感覚で付き合うと、ACE Studioの良さが出やすいと思う。
DAWとつなぐ、ACE Bridge 2と書き出し

ACE Studioは単体のアプリとして動くが、曲の伴奏はたいていDAWの中にある。両者をつなぐのがACE Bridge 2というプラグインで、VST3、AU、AAXの形式で用意されている。WindowsではACE Studioと一緒に自動で入り、Macでは初回起動時に導入するかを尋ねられる。
ACE Bridge 2をDAWのトラックに差すと、DAWの再生とACE Studioの再生が同期し、テンポも揃う。ARAに対応したDAWなら、DAWの画面の中でACE Studioの歌をほかのトラックと同じように扱える。伴奏を聴きながら歌の調声を進められるので、歌だけを聴いて調整したら伴奏と合わせたときに浮いてしまった、という失敗が減る。
ACE Bridge 2には、ピアノモードと録音モードという2つの使い方もある。ピアノモードでは、プラグインがピアノの音源として振る舞い、DAWで打ち込んだメロディを確かめられる。録音モードでは、再生中にそのトラックに流れたMIDIをすべて記録してACE Studioへ送る。DAW側でメロディを打ち込む習慣がある人は、録音モードを使うと、MIDIファイルを書き出して読み込む手間が省ける。
歌ができたら、オーディオとして書き出してDAWのトラックに貼るのが最終的な形になる。ここから先は、録音したボーカルと同じように、EQやコンプレッサー、リバーブで整えていけばよい。2.1.2からはACE Studioの中でもVST3やAUのエフェクトを使えるようになったので、軽く音を整えた状態で書き出すこともできる。
価格と商用利用、2年払うと自分のものになる買い方
ACE Studioの料金は、ArtistとArtist Proという2つのプランで組まれている。執筆時点の公式の価格は、年払いでArtistが月あたり16.58ドル、Artist Proが月あたり22ドルで、どちらも通常価格から割り引かれた金額だ。年額にすると、Artistがおよそ199ドル、Artist Proがおよそ264ドルになる。140を超える声はどちらのプランでもすべて使え、声を1人ずつ買い足す仕組みではない。
特徴的なのは、サブスクリプションを2年続けると永続ライセンスに切り替わる仕組みだ。最初から買い切りで一括払いするのではなく、2年かけて分割で払い、払い終えたらソフトが自分のものとして残る、という考え方になる。Artistなら2年でおよそ398ドル、Artist Proならおよそ528ドルを払った時点で、以後は払い続けなくても使い続けられる。ただし、生成系の機能で使うクレジットを毎月受け取りたい場合は、2年が過ぎた後もサブスクリプションを続ける必要がある。セールの時期によって金額は動くので、買う前には公式の料金ページで最新の価格を確かめたい。
ArtistとArtist Proの違いは、主に自分の声を学習させる枠と、声の変換に使える枠の数だ。自分の声モデルはArtistで1つ、Artist Proで5つまで作れる。無料のプランや期間限定の体験版はなく、代わりに購入から7日以内なら全額返金を受けられる保証が付いている。
商用利用については、内蔵の声で作った歌をロイヤリティなしで使える。配信サービスでの公開、広告、依頼を受けて作る楽曲にも使えるので、仮歌だけでなく完成した作品の歌としても扱える。一方で、合成はACE Studio側のサーバーとのやり取りを前提にしているので、インターネットにつながった環境で使うことになる。動作環境はWindows 10以降、macOS 13以降で、メモリは8GB以上、保存先には5GBほどの空きが必要だ。
どんな人に向いているか
ACE Studioがいちばん力を発揮するのは、歌のある曲を作りたいのに歌い手がいない、あるいは自分では歌えない人だと思う。メロディと歌詞さえ用意できれば、その日のうちに曲の全体像を聴ける。歌い手に仮歌を頼む前に、キーやメロディの細部を固めておく道具としても便利だ。
ボーカロイドで長く調声をしてきた人にとっては、作業の手応えが変わる。細部を一から組み立てる楽しみは減るが、そのぶん歌の方向を決めて選ぶことに時間を使える。どちらが良いというより、歌声に何を求めるかで向き不向きが分かれるところだと思う。
140を超える声のどれを選ぶか、どこまで手を入れるか。そこに迷う時間が増えるのは、うれしい悩みかもしれない。まずは手元にある打ち込みのメロディを一つ選び、歌詞を乗せて歌わせるところから始めてみると、ACE Studioがどんな道具なのかがいちばん早く分かる。