
Héroes del Silencio。スペイン語圏ロックの金字塔にして、1990年代に世界中のスタジアムを埋めた4人組。そのラインナップはよく知られている。ボーカルのEnrique Bunbury、ギターのJuan Valdivia、ベースのJoaquín Cardiel、ドラムのPedro Andreu。だが、あなたが彼らのプロモーション写真を見るとき、そこに映っていない人物がひとりいる。彼らと共にステージに立ち、リフを弾き、歴史的なアルバムを一緒に作ったのに、カメラの前からだけ姿を消していた男。Los Ángeles生まれ、メキシコ育ちのギタリスト、Alan Boguslavsky——「5人目の男」だ。
なぜ彼は公式の写真から消されたのか。なぜバンドは5人でいて、記録には4人しか残さなかったのか。そして今、その男は何をしているのか。答えを探す旅は、1992年のメキシコシティから始まる。
1992年、メキシコでの出会い
すべては、ひとつの「たまたま」から始まった。バンドが初めてメキシコ遠征を行った1992年、ドラムのPedro Andreuが現地のミュージシャンと親しくなり、翌日、その男をコンサートに招いた。男はそのライブに心を打たれ、終演後、楽屋まで挨拶に訪れた。名前を、Alan Boguslavskyといった。これが、すべての始まりだった。
当時の彼はメキシコのバンドEl Huitlacocheで活動していた。ただのアンダーグラウンドバンドではなかった。ピンクフロイドを思わせる凝ったジャケットを、自らのアイデアで作り上げるような連中だった。そして彼の心にあったのは「裕福なロックスターになりたい」という欲ではなく、「ちゃんと自分の作品を世に出す音楽家でありたい」という、静かで確かな気持ちだった。
なぜ第2ギタリストが招かれたのか
1993年、バンドは3枚目のアルバム『El espíritu del vino』の制作に入っていた。Phil Manzaneraがプロデュースしたこの作品は、これまでのシンプルなロックから一歩踏み込んだ、複雑な書き分けをした意欲作だった。問題は、それが生きたステージでどう鳴るか。ライブで再現するには、ギター1本では足りなかった。
「ギターを1本追加しよう」。そう提案したのはJuan Valdiviaだった。2014年のインタビューが伝えるところによれば、彼が正式なメンバーとして迎え入れられるまでには、いくつかの"入団テスト"をクリアしなければならなかったらしい。ジョイントを巻く、チェスで勝つ、Valdiviaの酒場に付き合う——。どれも本業の腕前とは関係ない。だが、そこにこそ本物の人間関係があった。
Avalanchaへの作曲参加
招かれた男は、単なるツアーメンバーでは終わらなかった。1995年発表のラストアルバム『Avalancha』では、作曲者として名を連ねる。リードシングル『Avalancha』、そして『Días de borrasca』の主要リフは、彼の手によるものだ。本人はこう語っている。「この2曲は僕のいちばんの貢献だ」と。
『Avalancha』はLos Ángelesで、Bob Ezrinをプロデューサーに録音された。バンドが英語圏へのクロスオーバーも視野に入れていた時期だった。それまでの鬱屈したダークさから、スペイン語ロックの力強さを全面に打ち出した傑作として知られる。Boguslavskyはこの作品を挟んで、バンドの一員としての実感を深めていった。だが、奇妙なことがひとつあった。プロモーション用の公式写真に、彼の姿が写っていなかったのだ。映るのはいつもメンバー4人の構図。メキシコ版のジャケットにだけ、彼の顔があった。
音楽は本物の5人編成だった。だが、カメラの前では4人でいなければならなかった。この不完全な"車座感"は、彼がバンド内で抱えていた微妙な立ち位置を、今に伝えている。
解散後、Bunburyのソロへ
1996年、バンドは解散する。それからほどなく、Bunburyはソロ第1作『Radical Sonora』の制作に取りかかった。そして、そのギターを任されたのが、ほかならぬBoguslavskyだった。「ギターパートは全部お前に任せる」。Bunburyはそう言ったという。エレクトロニクスとドラムンベースの色彩を帯びたこの作品は、当時のファンを驚かせたが、ギターの音は新しい世界観にしっかりと説得力を持っていた。
Boguslavsky自身もこの仕事を楽しんでいた。後年、彼はこう振り返っている。「何年経っても聴き直すたびに驚かされる、良い作品だった」。それが、率直な印象だったという。
自分の足で、Bogusflowへ
だが、独立のときは近づいていた。忙しくなるほど、雇われギタリストではなく、自分のバンドを持ちたいという思いが募っていったのだろう。1997年、Bunburyのサポートバンドで肩を並べていたCopi Corellano(キーボード)、Ramón Gacías(ドラム)、Del Morán(ベース)とともに、Bogusflowを結成する。当初は"JADE"という名前を考えていたが、すでに商標が使われており、この名前に落ち着いた。
Bogusflowの音楽は、どちらかというとスピリチュアルで内向的だった。Jeff BuckleyやP.J. Harveyの影響を感じさせる、まっすぐで弱さの残るヴォーカル。1999年には『Bogusflow』とEP『The dream of the dead』を発表し、当初はFIBのメインステージに立つなど順調だった。しかしBunburyのツアーと日程が重なるようになり、2001年、事実上の休止状態へ入る。
そして、この頃の経験が、彼の音楽家としての方向性を静かに決めていった。
The Art of Waitingの孤独な美しさ
2002年、Boguslavskyは初のソロアルバム『The Art of Waiting』をリリースする。この作品は、彼の音楽家人生の中でも特別な立ち位置にある。自宅で全パートをひとりで演奏し、録音し、ジャケットの絵からデザインまでもすべてを自身の手で仕上げた。本人は、アルバムのライナーノーツにこう記している。「これは自分の存在のマニフェストであり、誠実さによる浄化のようなものだった」。
アコースティックを中心にした、息遣いの聞こえる楽曲たち。作り込んだ技巧より、そのときどきの感情がどれだけこもっているか。その姿勢が、アルバム全体に貫かれている。スペイン語圏のロックシーンのみならず、英語圏のリスナーにも届く、素直な言葉とメロディを詰めた一枚だ。
フォークロアからラコタへ
その音楽は、さらに漂泊していく。2008年、彼は『Flautas Lakotas』という異色のアルバムを発表した。ネイティブ・アメリカンの伝統音楽を思わせるフルートのイメージを軸に、これまでのエレクトリックな経歴からは想像もつかないほど、原点に立ち返った作品だ。ロックのアリーナから、地に足のついた音の探求へ。本人はこの方向転換を「自分のルーツに近づく作業だった」と語っている。
2018年には、キャリアを回顧するコンピレーション『Alanthology』が発表され、ソロ作品としての総決算を迎える。知る人ぞ知る、だが確かな足跡だった。
2025〜2026年、ふたたびステージへ
近年、Boguslavskyは思いがけない形で、いま一度脚光を浴びている。Héroes del Silencioのトリビュートバンドとの共演だ。2025年2月にはスペインのPara Siempreと組んでマラガ・マドリードのステージに立ち、2025年9月にはメキシコで『Avalancha』30周年を記念したツアー(レオン・グアダラハラ・コリマ)を実施した。2026年9月には『Bunbury & Héroes Experience』と題する企画で、マドリードとサラゴサに立つ。隣にいるのはCopi Corellanoだったり、あるいはテンポの違う"同窓生"たちだったりする。

かつて彼自身は、2007年の再結成ツアーに参加していなかった。そのときに空いた席は、ファンの間で今も語り草になっている。それだけに、彼がトリビュートバンドという形で古い曲を再び手に取り、弾き直す姿には、20年を経た"和解"に似た感慨がある。彼は言う。「僕が最初に手を挙げる。ここに居るよ、と」。世代が入れ替わっても、本国スペインで『Entre dos tierras』や『Avalancha』のリフが鳴るたび、あの5人編成の熱気がよみがえるのだ。
もうひとつのサプライズ
2026年秋には、さらに大きな"次の一手"が控えている。Juan Valdiviaの弟であるGonzalo Valdiviaとの共同プロジェクト『La suite del silencio』だ。ピアノ、ギター、ハープ、そして弦楽四重奏による、交響的な作品になるという。「彼が本当に美しい編曲をしてくれた。とても綺麗で、これまでと違うものになる」とBoguslavskyは語っている。アリーナロックの男が、いま、クラシックとロックの境界を歩こうとしている。
ステージを渡り歩く彼の音楽人生は、いまだに終わる気配がない。Héroes del Silencioの裏方として鳴らしたリズムギターも、自宅録音の内向的なエッセイも、ネイティブの笛の音も、弦楽四重奏の新しい組曲も。すべては、同じひとりのギタリストの声だ。カメラに映らなくても、そこに居続けた男の、静かで確かな存在感。それこそが——Alan Boguslavskyという「5人目の男」のステージなのだ。
関連記事: ジャズ名盤入門、最初に聴きたい10枚を時代順に · アート・ブレイキーとブルー・ノート黄金時代、ハードバップの熱を名盤でたどる · モーダルジャズという挑戦 — 『Kind of Blue』から『A Love Supreme』へ · バレエフラットの次はジャズシューズ、2026年の足元に響く70年代