制作環境を見直すとき、たいていはオーディオインターフェースやスピーカー、プラグインの話から始まる。けれど、夜に3時間ほどミックスを続けたあと、最初に限界を知らせてくるのは耳ではなく肩と腰のほうだと思う。画面をのぞき込むように前かがみになり、マウスを握った右腕が浮いたまま固まっている。気づくと集中が切れていて、判断も雑になっている。
机と椅子は音に直接関係しない。それでも、座っていられる時間が延びれば、そのぶんだけ耳と頭を使える時間が増える。この記事では、天板の高さ、奥行き、椅子の調整範囲という、音とは関係のない部分を順番に見ていく。高い椅子を買う前に、まず数字で自分の机を確かめるところから始めたい。
体が先に音を上げる理由

DTMの作業姿勢には、ふつうの事務作業と違う癖がある。一つは、キーボードとマウスに加えて、MIDIキーボードやフェーダー、パッドといった複数の入力機器を行き来することだ。手を伸ばす先が増えるほど、体は前に乗り出しやすくなる。もう一つは、波形やオートメーションの細かい線を見るために、画面に顔を近づけがちなことだ。どちらも首と肩に負担がかかる姿勢で、短時間なら気にならなくても、何時間も続くと痛みになって表に出てくる。
もう一つ見落としやすいのが、聴く位置が固定されることだ。モニタースピーカーで判断するときは、左右のスピーカーと自分の頭が決まった位置関係にある必要がある。体がつらくなって椅子の上でずれたり、背もたれに沈み込んだりすると、耳の高さと位置が変わり、聞こえ方も変わってしまう。疲れにくい姿勢は、正しく聴ける姿勢でもある。だから机と椅子は、音を判断するための道具の一部として考えたほうがいいと思っている。
最初に家具をそろえるとき、手持ちの机や食卓をそのまま使うのはごく自然なことだ。ただ、そうした机の高さや奥行きは、体の寸法や機材の配置から決めたものではない。まずは今の机がどれくらい自分に合っていないのかを、数字で確かめるところから始めたい。
天板の高さは身長と座面から逆算する

机の高さは、机だけを見ても決まらない。先に椅子の座面の高さが決まり、その上に「差尺」と呼ばれる座面から天板までの距離を足すと、ちょうどよい机の高さになる。日本の家具の世界でよく使われる目安は、座面の高さが身長×0.25から1cm引いた値、差尺が身長×0.55を3で割った値(およそ身長×0.18)だ。身長170cmの人なら、座面は約41.5cm、差尺は約31cmで、机の高さは72〜73cmほどになる。日本のオフィスデスクで70cmや72cmという高さがよく見られるのは、この計算と大きくずれないからだと思う。
身長160cmで計算すると、座面は39cm、机は68cm前後になる。一般的な72cmの机は、この人にとっては4cmほど高い。たった数センチだが、マウスを操作する腕は常に持ち上がった状態になり、肩に力が入り続ける。逆に背の高い人が低い机を使うと、今度は前かがみになって首と腰が丸くなる。
確かめ方は簡単で、椅子に深く座り、足の裏を床につけた状態で、肩の力を抜いて肘を90度ほどに曲げる。そのときの肘の下側の高さと、キーボードを置く面の高さがほぼそろっていれば合格だ。天板のほうが高ければ、椅子を上げて足元にフットレストを置くか、高さ調整のできる机を選ぶ。天板が低い場合は、脚の下にかさ上げ用の台を入れる方法もある。
電動で高さを変えられる昇降デスクは、この調整を簡単にしてくれる。ただし、DTMの机にはスピーカーやディスプレイ、オーディオインターフェースが載っていて、配線も多い。昇降させるたびにケーブルが引っ張られないよう、配線に余裕を持たせておく必要がある。立って作業する時間を作れるという利点は、後半の「座り続けない」の話につながる。
奥行きはスピーカーとの距離で決まる

高さの次に効いてくるのが天板の奥行きだ。一般的なパソコンデスクの奥行きは60cm前後が多いが、DTMで使うにはやや足りないことが多い。理由はディスプレイとモニタースピーカーの位置にある。
ディスプレイは、目から50cm以上、腕を伸ばして指先が届くくらいの距離に置くのが目安とされている。画面の上端が目の高さか、それより少し下に来るようにすると、首を前に突き出さずに済む。奥行き60cmの机では、手前にキーボードを置くと、ディスプレイの台座は天板の奥ぎりぎりになり、画面は目から50cmあるかどうかになる。27インチ以上の大きな画面だと、これでは近すぎて視線を大きく動かすことになる。
モニタースピーカーは、左右のスピーカーと自分の頭が正三角形になるように置き、ツイーター(高音用のユニット)を耳の高さに合わせるのが基本だ。机の上にスピーカーを置く場合、この正三角形の一辺はだいたい1m前後になる。奥行きが60cmだと、スピーカーを天板の奥に置いても耳までの距離が足りず、三角形が小さくなりすぎる。その結果、左右のスピーカーがディスプレイの両脇に押し込まれ、画面の反射や机の天板の反射が音に混ざりやすくなる。奥行き70〜80cmの天板があれば、ディスプレイをモニターアームで浮かせ、スピーカーを少し奥に引いて、三角形を無理なく作れる。
もう一点、スピーカーを天板に直接置くと、天板が振動して低音がにごりやすい。机が箱鳴りするように響いてしまうのだ。専用のスタンドを床に立てて机から切り離すか、少なくともインシュレーターや防振パッドを挟んで、耳の高さまで持ち上げておきたい。奥行きのある天板は、スタンドを机の後ろに置く場合でも、スピーカーと壁の距離を調整しやすくしてくれる。
椅子は「調整できる範囲」で選ぶ

椅子の値段は数千円から20万円を超えるものまで幅広い。高い椅子ほど座り心地がよいのは確かだが、長時間の作業で効いてくるのは、座り心地そのものより、どれだけ自分の体に合わせて調整できるかだと思う。見るべき項目は大きく5つある。
一つ目は座面の高さの範囲だ。前の節で計算した自分に合う座面の高さが、その椅子の調整範囲に入っているかを確かめる。机が高めで椅子を上げる必要がある人は、上限にも余裕が欲しい。二つ目は座面の奥行きだ。深く座ったとき、座面の前の端とひざの裏の間に指が3本ほど入るくらいが目安で、座面が深すぎるとひざ裏が圧迫され、浅く座り直すうちに背もたれから体が離れてしまう。座面を前後にスライドできる椅子なら、この調整ができる。
三つ目は腰を支えるランバーサポートの高さと強さだ。腰のくぼみに当たる位置は人によって違うので、上下に動かせるものが望ましい。四つ目は肘掛けで、ここがDTMでは意外に重要になる。肘掛けが机の天板より高いと、椅子を机に引き寄せられず、結果として前かがみになる。肘掛けの高さを下げられるか、幅を広げてMIDIキーボードを弾く腕に当たらないようにできるかを確かめておきたい。五つ目は背もたれの傾き(リクライニング)の強さと固定で、ミックスを聴くときに少し後ろにもたれた姿勢をとれると、首と腰の負担が分散する。
代表的なモデルで言えば、ハーマンミラーのアーロンチェアは体格に合わせてA・B・Cの3サイズがあり、サイズによって座面の高さの範囲と背もたれの大きさが変わる。スチールケースのリープ V2は座面の奥行きとランバーの高さ・強さを細かく変えられ、オカムラのコンテッサ セコンダは日本人の体格を前提にした国内メーカーの椅子として、肘掛けの高さ・幅・前後・角度を手元のレバーで調整できる。どれも購入前に、調整範囲を一つずつ自分の数字と照らし合わせたい。高い椅子でも、座面が下がりきらなければ、足が浮いて太ももの裏が圧迫されてしまう。
MIDIキーボードの置き場所が高さを狂わせる
DTMの机で特に悩ましいのが、MIDIキーボードの置き場所だ。49鍵の小型のものなら天板の手前に置けるが、61鍵や88鍵になると横幅が1m前後から1.3mを超え、重さもかなり増える。これをパソコンのキーボードと同じ天板に並べると、どちらかが奥に追いやられる。
さらに、MIDIキーボードの鍵盤の高さは、天板から数センチから10cm前後も上にある。72cmの机に置けば、鍵盤の面はおよそ80cm近くになり、肘より明らかに高い。打ち込みのために短い時間弾くだけならよいが、何時間も弾いたり打ち込んだりするには、手首と肩に負担がかかる。
よく使われる解決策は、天板の下に引き出し式のキーボードトレイを付け、MIDIキーボードをそこに置くことだ。弾くときだけ引き出し、パソコンの作業に戻るときは押し込む。鍵盤の面が肘の高さに来るようにトレイの高さを決めれば、弾く姿勢と打つ姿勢を両立できる。ただし、88鍵の重いキーボードを載せるトレイは、事務用の軽いトレイでは強度が足りず、たわんだり外れたりする恐れがある。耐荷重を必ず確かめ、鍵盤を叩いたときの振動にも耐えられるものを選びたい。
もう一つの方法は、MIDIキーボードを専用のスタンドに載せて机の横か手前に置き、体の向きを変えて弾くやり方だ。スペースは取るが、鍵盤の高さを自由に決められるので、弾く時間が長い人にはこちらのほうが楽なこともある。
座り続けないための区切り
どんなに体に合う机と椅子をそろえても、同じ姿勢を何時間も続ければ、どこかに負担はたまる。コーネル大学の人間工学の研究室が提案している目安に、30分を1単位として、20分座り、8分立ち、2分体を動かすというものがある。座る時間と立つ時間を交互に入れることで、腰や首の筋肉が固まりにくくなるという考え方だ。
制作の作業に当てはめるなら、20分ほど打ち込みやエディットを続けたら、立ってリファレンス曲を聴き比べたり、少し離れた位置からミックスを聴いたりする時間を挟むのがよいと思う。立って聴くと耳の位置が変わるので、低音の量や定位の印象も変わる。それ自体が判断の材料になるうえ、体を休める区切りにもなる。昇降デスクがあれば、立ったまま軽い作業を続けることもできる。
タイマーを使って区切るのもひとつの方法だ。夢中になると時間を忘れるのはよくあることなので、DAWの作業とは別に、30分ごとに知らせてくれるものを用意しておくと、休む習慣がつきやすい。
まとめ
ここまでの内容を、確認する順番でまとめておく。
| 順番 | 見直す部分 | 目安 |
|---|---|---|
| 1 | 座面の高さ | 身長×0.25−1cm(170cmで約41.5cm) |
| 2 | 机の高さ | 座面の高さ+身長×0.18前後(170cmで72〜73cm) |
| 3 | 天板の奥行き | ディスプレイとスピーカーを置くなら70〜80cm |
| 4 | スピーカーの位置 | 頭と正三角形、ツイーターを耳の高さに、天板から切り離す |
| 5 | 椅子の調整 | 座面高・座面奥行き・ランバー・肘掛け・リクライニング |
| 6 | MIDIキーボード | 鍵盤の面を肘の高さに。トレイかスタンドで |
| 7 | 座る時間 | 30分ごとに立つ・動く時間を挟む |
机と椅子を買い替える前に、今の環境で座面と天板の高さを測ってみるだけでも、どこが合っていないのかははっきりする。フットレストやかさ上げの台、モニターアーム、スピーカー用のインシュレーターといった数千円の道具で解決できることも多い。それでも足りないと感じたときに、調整の幅が広い椅子や奥行きのある天板を検討すれば、買い物の失敗も少なくなるはずだ。
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