11月に入ると、ドイツやオーストリアのクリスマスマーケットでは、湯気の立つ大鍋からホットワインが注がれはじめる。ドイツ語ではグリューワイン(Glühwein)、直訳すると「赤く燃えるワイン」だ。家で作るのは難しくないが、ひとつだけ外せない条件がある。それは鍋を沸かさないことだ。この記事では、なぜ65〜70℃で火を止めるのかを温度の数字から説明し、赤ワイン1本(750ml)に対するシナモン・クローブ・オレンジ・砂糖の配合と、香りを移す時間までを再現できる形でまとめる。
先に結論、ホットワインの温度と配合の一覧

最初に、この記事の結論を表にしておく。数字は、度数12〜13%程度の赤ワイン1本(750ml)を、家庭のコンロと小鍋で温める場合の目安だ。温度は料理用のデジタル温度計で鍋の中心を測った値で考えている。温度計が無い場合の見分け方も、後の手順で説明する。
| 項目 | 数字 | 理由 |
|---|---|---|
| 温める上限 | 70℃ | これより上はアルコールと香りの抜け方が速くなる |
| 香りを移す温度 | 65〜70℃ | スパイスの香りは出るが、液面がほとんど揺れない |
| 沸騰する温度 | 約90℃(度数12%のワイン) | 水とエタノールの混合物なので、100℃より低く沸く |
| エタノールの沸点 | 78.3℃ | 純粋なエタノールが沸く温度。ここを超えると蒸発が一気に増える |
| 香りを移す時間 | 火を止めて20〜30分 | 長く置きすぎるとクローブとオレンジの皮の苦みが出る |
| 飲みごろの温度 | カップの中で60℃前後 | 鍋から注ぐと5〜10℃ほど下がる |
ここで大事なのは、「沸騰していないから大丈夫」ではないという点だ。度数12%のワインは90℃前後まで沸騰しないが、その手前でもエタノールは液面から蒸発し続けている。蒸発する量は温度が上がるほど増えるので、ぐつぐつ沸く前の80℃台でも、香りとアルコールはかなり逃げていく。65〜70℃という範囲は、スパイスの香りを引き出せる温度と、逃げる量を小さく抑えられる温度の重なるところだ。
沸かすと何が抜けるのか、78.3℃と90℃の関係

ワインはほぼ水とエタノールでできている。純粋な水は100℃、純粋なエタノールは78.3℃で沸騰する。この2つが混ざったワインは、その中間の温度で沸き、度数12%前後ならおよそ90℃になる。ここで誤解しやすいのは、「エタノールの沸点の78℃を超えなければアルコールは抜けない」という考え方だ。実際には、液体は沸点より低い温度でも表面から少しずつ蒸発している。洗濯物が100℃にならなくても乾くのと同じだ。エタノールは水よりも蒸発しやすいので、温度が上がるほど、ワインの表面からは水よりも先にエタノールが抜けていく。
どのくらい抜けるのかについては、アメリカ農務省(USDA)が料理に使ったアルコールの残り方をまとめた表がある。これは煮込み料理などを想定した数字なので、ふたをせずに煮続けた場合の目安として見てほしい。
| 加熱のしかた | アルコールの残る割合(目安) |
|---|---|
| 沸いている液体に加えて、すぐ火から下ろす | 85% |
| 15分煮る | 40% |
| 30分煮る | 35% |
| 1時間煮る | 25% |
| 2時間煮る | 10% |
沸かしたまま15分置くだけで、半分以上が抜ける計算になる。ホットワインは鍋ごと長く温め続けることが多いので、強火で沸かしてしまうと、飲むころにはほとんどスパイス入りのぶどうジュースに近づいてしまう。
もう1つ逃げていくのが、香りの成分だ。シナモンの香りのもとはシンナムアルデヒド(cinnamaldehyde)、クローブはオイゲノール(eugenol)、スターアニスはアネトール(anethole)、オレンジの皮はリモネン(limonene)という成分で、どれも揮発しやすい。温度が高すぎると、ワインに溶け出したそばから湯気と一緒に飛んでいく。さらに沸騰させると、ワインの渋み成分であるタンニンとスパイスの苦みが強く出て、後味がえぐくなる。温度を上げすぎないことは、酔いの強さを保つためだけではなく、味を整えるためでもある。
逆に、温度が低すぎてもよくない。50℃前後では砂糖が溶けるのに時間がかかり、スパイスの香りもなかなか出てこない。香りを引き出せて、しかも逃げる量が少ない65〜70℃という範囲が、ちょうどよい落としどころになる。
スパイスは何をどれだけ入れるか、ワイン1本の配合

ドイツや欧州連合(EU)では、「グリューワイン」と名乗れる飲み物の条件が法律で決まっている。赤・白・ロゼのワインだけを原料にし、香りづけの中心はシナモンとクローブのどちらか、または両方、そして水を加えてはいけない。アルコール度数は7%以上と定められていて、白ワインだけで作ったものには「白」と分かる言葉を添える。つまり、シナモンとクローブはホットワインの骨組みで、それ以外のスパイスや柑橘は、その上に重ねる肉付けという位置づけだ。
この骨組みに沿って、赤ワイン1本(750ml)ぶんの配合を整理する。4杯分(1杯約180ml)になる。
| 材料 | 分量 | 役割 |
|---|---|---|
| 赤ワイン | 750ml(1本) | 土台。渋みが少なく果実味のあるもの |
| シナモンスティック | 2本 | 甘い香りの中心 |
| クローブ(ホール) | 4粒 | 刺激のある香り。入れすぎると薬っぽくなる |
| スターアニス | 1個 | 甘く深い香り。1本に1個で十分 |
| オレンジ | 1個(輪切り4枚と、残りの皮) | 酸味と香り。皮はワックスなしのもの |
| 砂糖 | 40〜60g(はちみつなら50g前後) | 甘さ。最初は40gで始めて後から足す |
| カルダモン(任意) | 2〜3粒(莢を軽く割る) | 清涼感のある香り |
| しょうがの薄切り(任意) | 2枚 | 後味の温かさ |
配合で迷いやすいのはクローブの数だ。クローブの香りは強く、1本に8粒、10粒と入れると、口に含んだときに歯医者の消毒薬のような香りが前に出てしまう。最初は4粒にして、物足りなければ次から1〜2粒ずつ増やすのがよい。砂糖も同じで、ワインの甘さや酸味によって適量が変わるので、40gで作って味を見てから10gずつ足していく。
スパイスはかならず粒や棒のままのホールを使う。粉末のシナモンやクローブを使うと、ワインに溶けきらずに濁り、カップの底にざらざらした粉が残る。こすのも難しい。ホールなら、香りを移したあとに茶こしで簡単に取り除ける。
ワインは高価なものを使う必要はない。むしろ、熟成した複雑な香りのワインは、スパイスと熱で持ち味が消えてしまうのでもったいない。向いているのは、果実味が豊かで渋みが控えめな赤だ。ドイツではドルンフェルダー(Dornfelder)という品種がよく使われ、ほかにメルロー、テンプラニーリョ、ガルナッチャ(グルナッシュ)なども合う。手ごろな価格帯のチリやスペインの赤で十分だ。渋みの強いワインを使うと、加熱でタンニンが目立ち、苦みが残りやすい。
実践、65〜70℃で作るホットワインの手順

ここからは具体的な手順だ。用意する道具は、厚手の小鍋(容量1.5L程度)、料理用のデジタル温度計、茶こし、おたまの4つになる。
- オレンジを切る: オレンジをよく洗い、中央から厚さ5mmほどの輪切りを4枚取る。残りは皮だけを包丁で薄くむき、白いわたはできるだけ残さない。白いわたは長く煮ると苦みが出る。
- 鍋に入れる: 鍋に赤ワイン1本、砂糖40g、シナモン2本、クローブ4粒、スターアニス1個、オレンジの輪切りと皮を入れる。カルダモンやしょうがを使う場合もここで入れる。
- 弱火で65〜70℃まで温める: 弱めの中火にかけ、ときどき底から混ぜて砂糖を溶かす。温度計で中心を測り、65℃を超えたら弱火に落とし、70℃に届いたら火を止める。家庭のコンロなら、ここまでおよそ8〜10分だ。
- ふたをして20〜30分置く: 火を止めたらふたをして、香りを移す。ふたをするのは、湯気と一緒に逃げるアルコールと香りを鍋の中に戻すためだ。
- 味を見る: 少量を取って甘さを確かめ、足りなければ砂糖を10gずつ加えて溶かす。
- 飲む直前にもう一度温める: 弱火で65〜70℃まで戻し、茶こしでスパイスと皮をこしてカップに注ぐ。輪切りのオレンジは1枚ずつカップに浮かべると見た目がよい。
温度計が無い場合は、鍋の様子で判断する。65〜70℃では、液面から細い湯気がゆらゆらと立ちのぼるが、鍋の縁に小さな泡はほとんど出ない。縁にふつふつと泡が並びはじめたら80℃を超えているので、すぐに火を止める。鍋全体が揺れて大きな泡が上がってくるのは沸騰で、ここまで来ると取り返しがつかない。
作り置きをするときは、4の段階でスパイスとオレンジの皮をこして取り出しておく。入れたまま何時間も置くと、クローブの刺激とオレンジの皮の苦みがどんどん強くなる。こしたワインは冷めてから冷蔵庫に入れ、翌日までに飲みきる。温め直しは、飲む分だけを小鍋に取って65〜70℃にする。何度も温め直すと、そのたびに香りが逃げていくからだ。
保温したい場合は、屋台のように鍋を弱火にかけっぱなしにするより、温め終えたものを保温ポットに移すほうが温度が安定する。ポットのふたを閉めておけば、香りも逃げにくい。
国ごとの派生、白ワイン、火をつける砂糖、アーモンド入り

ホットワインの歴史は長い。古代ローマには、ワインにはちみつとこしょうを加えた「コンディトゥム・パラドクスム(conditum paradoxum)」という飲み物の記録が残っている。中世ヨーロッパでは、ワインに砂糖とスパイスを加えて布袋でこした「ヒポクラス(hippocras)」が広まった。名前は医学の祖ヒポクラテスにちなんだ円すい形のこし袋から来ていて、1390年ごろのイングランドとフランスの料理書にも作り方が載っている。ドイツでは、1420年ごろのカッツェンエルンボーゲン伯ヨハン4世が、香辛料入りの温めたワインを飲むために金めっきの銀杯を使っていたという話が、グリューワインの古い記録としてよく語られる。
こうした流れをくむホットワインは、国ごとに少しずつ形を変えて残っている。代表的なものを、作り方の違いが分かるように並べておく。
- 白ワインのグリューワイン: 白ワインで作り、シナモンやクローブに加えてレモンの皮やバニラを合わせることが多い。タンニンが少ないので、赤より軽く、苦みが出にくい。白ワインはやや甘口のリースリングなどが向いている。
- ミット・シュス(mit Schuss): ドイツのクリスマスマーケットで、カップにラム酒やアマレットを1杯足してもらう頼み方。シュスは「ひと注ぎ」の意味。家で作るなら、1杯180mlに対してラム酒10〜15mlが目安だ。
- フォイヤーツァンゲンボウレ(Feuerzangenbowle): ホットワインの鍋の上に金属の台を渡し、円すい形の砂糖の塊をのせて、度数54%以上の強いラム酒をしみこませて火をつける。溶けた砂糖がカラメルのように焦げながらワインに落ちていく。火を扱うので、燃えている間はラム酒を瓶から直接注ぎ足さず、おたまで少量ずつかけるのが安全だ。
- グロッグ(glögg): スウェーデンなど北欧のもの。カルダモンとオレンジの皮をよく効かせ、ウォッカなどの蒸留酒を加えることもある。カップに干しぶどうと皮をむいたアーモンドを入れ、スプーンですくって食べながら飲む。
- ヴァン・ショー(vin chaud): フランスの呼び名で、意味はそのまま「温かいワイン」。シナモンとオレンジに加え、はちみつで甘みをつけることが多い。
お酒を飲まない人や子どもには、ドイツのクリスマスマーケットで定番の「キンダープンシュ(Kinderpunsch)」という選択肢もある。ぶどうジュースやりんごジュースに紅茶を合わせ、同じスパイスとオレンジで温めたものだ。アルコールを気にする必要がないので、こちらは70℃を超えても問題ないが、香りを残すにはやはり沸かさないほうがよい。
まとめ、火を止める温度を決めておく
ホットワインを作るときのポイントをまとめておく。
- 温度: 65〜70℃で火を止める。度数12%のワインは約90℃で沸くが、その手前の80℃台でもアルコールと香りは速く抜けていく。
- 配合: 赤ワイン750mlに、シナモン2本、クローブ4粒、スターアニス1個、オレンジ1個、砂糖40〜60g。クローブと砂糖は少なめから始めて足す。
- スパイス: 粉末ではなくホールを使う。濁らず、こして取り除ける。
- 時間: 火を止めてふたをし、20〜30分で香りを移す。作り置きはスパイスと皮をこしてから保存する。
- ワイン: 渋みが少なく果実味のある手ごろな赤。高価なワインは使わなくてよい。
道具として揃えておくと便利なのは、料理用のデジタル温度計と、目の細かい茶こし、厚手の小鍋の3つだ。とくに温度計は、70℃で止めるという一点を守るためにいちばん役に立つ。燗酒を温度ごとに飲み分けるのと同じ感覚で、ホットワインも「何℃で止めたか」を覚えておくと、次に作るときの味がぶれなくなる。
冬の夜に、鍋から立ちのぼるシナモンとオレンジの香りは、それだけで部屋の空気を変えてくれる。沸かさずに火を止めること、そしてクローブを入れすぎないこと。この2つを守れば、クリスマスマーケットの屋台で飲む1杯に近い味が家の台所でも作れる。