アイリッシュウイスキーは「3回蒸溜だから滑らか」と説明されることが多い。ところが、アイルランドの法律を読むと、蒸溜の回数はどこにも決められていない。2回蒸溜で造っている蒸溜所もあるし、煙の香りをつけた銘柄もある。それでもアイルランドのウイスキーにしかない味がある、と言える根拠はどこにあるのか。この記事では、スコッチとの造りの違いを順に並べ、味の傾向がどの工程で分かれるのかを整理する。答えを先に書くと、鍵は蒸溜の回数よりも、発芽させていない生の大麦を原料に混ぜる「ポットスチル・ウイスキー」という区分のほうにある。
先に結論、スコッチとの違いを数字で並べる

まず、アイリッシュウイスキーとスコッチの決まりごとと慣習を一覧にしておく。法律で決まっているものと、多くの蒸溜所がそうしているだけのものを分けて読むのがポイントだ。法律上の条件は、アイルランド島(アイルランド共和国と北アイルランドの両方)で蒸溜し、木の樽で3年以上熟成させ、40%以上で瓶詰めすること。ここまではスコッチの条件(スコットランドで蒸溜し、オーク樽で3年以上、40%以上)とほとんど同じで、熟成年数の下限も度数の下限も一致している。違いが出てくるのは、原料の組み合わせ、蒸溜の回数の慣習、そしてピート(泥炭)の使い方の3点になる。
| 項目 | アイリッシュウイスキー | スコッチウイスキー |
|---|---|---|
| 熟成の下限 | 木樽で3年以上(アイルランド島内) | オーク樽で3年以上(スコットランド内) |
| 瓶詰め度数の下限 | 40% | 40% |
| 蒸溜回数 | 法律の定めなし。3回が伝統、2回の蒸溜所もある | 法律の定めなし。モルトは2回が主流 |
| ニューメイクの度数(目安) | 3回蒸溜で80%台 | 2回蒸溜で70%前後 |
| 独自の区分 | ポットスチル(麦芽30%以上+未発芽大麦30%以上) | 該当なし |
| ピート | ほとんど使わない(例外あり) | 地域・銘柄によって使う |
| 綴り | whiskey(e が入る) | whisky |
ニューメイク(樽に入れる前の蒸溜したての原酒)の度数は蒸溜所ごとに差があるので、ここでは一般的な目安として示した。蒸溜を1回増やすと度数が10ポイント前後上がり、そのぶん重い成分が取り除かれて軽い口当たりになる。これが「3回蒸溜=滑らか」という説明の根拠だ。ただし、表のいちばん下から2行目に書いた「ポットスチル」という区分こそが、ほかの国にない味を生んでいる部分だと考えている。順に見ていく。
法律が定める4つの区分と、30%と30%の配合
アイルランドのウイスキーは、1980年の法律と、2014年にEUの地理的表示として登録された技術文書によって、4つの区分に分けられている。この区分を知っておくと、ラベルを見ただけで中身の造りがおおよそ分かるようになる。
| 区分 | 原料 | 蒸溜器 |
|---|---|---|
| ポットスチル(シングルポットスチル) | 大麦麦芽30%以上、未発芽大麦30%以上、ほかの穀物は5%まで | 単式蒸溜器(ポットスチル) |
| モルト(シングルモルト) | 大麦麦芽100% | 単式蒸溜器 |
| グレーン(シングルグレーン) | トウモロコシ・小麦などが主体、麦芽は30%まで | 連続式蒸溜機が中心 |
| ブレンデッド | 上の3つのうち2つ以上を組み合わせる | ― |
「シングル」がつくのは、ひとつの蒸溜所で造られたものという意味で、スコッチのシングルモルトと同じ考え方だ。この表で目を引くのは、いちばん上のポットスチルだろう。麦芽と、発芽させていない生の大麦をそれぞれ30%以上使い、残りもほとんどが大麦で占められる。ほかの穀物として認められているのはオーツ麦やライ麦などで、合計5%が上限になる。
発芽させた大麦(麦芽)は、自分の酵素でデンプンを糖に変えられる。生の大麦にはその力がほとんど無いので、麦芽の酵素を借りて糖化することになる。だから麦芽の割合を下げすぎることはできず、30%という下限が設けられている。一方、生の大麦は麦芽より穀物の殻や油脂分の影響が強く出て、蒸溜したあとの原酒にとろりとした厚みと、胡椒やクローブを思わせる辛みを残す。シングルポットスチルを口に含むと、度数40%でも舌の上で少し重く、油を含んだような質感がある。これは3回蒸溜の軽さとは反対方向の性質で、軽く蒸溜しても厚みが残る原料を使っている、というのがアイルランドの伝統的な設計だと理解している。
以前は「ピュアポットスチル」という呼び方も使われていた。2014年の技術文書以降は「ポットスチル」に統一され、ひとつの蒸溜所で造ったものを「シングルポットスチル」と表示するのが一般的になっている。古いボトルや資料で見かける「ピュア」は、同じものを指す旧称と考えてよい。
なぜ生の大麦を混ぜたのか、1785年の麦芽税

生の大麦を混ぜる造りは、味を狙って始まったものではなかった。きっかけは税金だ。1785年、アイルランドで麦芽に税がかけられるようになり、蒸溜業者は課税される麦芽の量を減らすために、税のかからない未発芽の大麦を原料に混ぜ始めた。麦芽を減らせば税は軽くなるが、糖化に必要な酵素が足りなくなる。その折り合いを探るうちに、麦芽と生の大麦を組み合わせる配合が定着していったとされている。
面白いのは、麦芽税がのちに廃止されてからも、この配合が残ったことだ。生の大麦を混ぜた原酒は、麦芽だけの原酒にはない厚みと辛みを持っていた。税金の抜け道として始まった工夫が、結果的にアイルランドのウイスキーの個性そのものになった。19世紀のダブリンには大きな蒸溜所が並び、アイルランドのウイスキーは世界で最もよく飲まれるウイスキーのひとつになっていく。
この時期、もうひとつ大きな出来事がある。1830年、ダブリン生まれの元税務官、イーニアス・コフィーが連続式蒸溜機の特許を取った。原料を休まず蒸溜し続けられ、高い度数の軽い原酒を安く大量に造れる機械だ。ところが、ダブリンの大手蒸溜所はこの機械を受け入れなかった。単式蒸溜器で造る重厚な原酒こそが本物だという自負があったからだと言われている。連続式蒸溜機を積極的に取り入れたのは、スコットランドの業者のほうだった。彼らは軽いグレーンウイスキーとモルトを混ぜたブレンデッドスコッチを生み出し、やがて世界の市場を広く押さえていく。
アイルランドの不運は続く。アメリカの禁酒法(1920〜1933年)で最大の輸出先を失い、イギリスとの関係悪化で英連邦の市場にも売りにくくなった。蒸溜所は次々に閉じ、1966年には残った大手3社が合併してアイリッシュ・ディスティラーズとなる。1970年代にはコーク州ミドルトンに新しい蒸溜所を建てて生産を集約し、1980年代後半には、アイルランド島で稼働する大きな蒸溜所はミドルトンと北アイルランドのブッシュミルズの2か所だけになった。そこから新しい蒸溜所が次々に生まれ、いまでは島全体で40を超える蒸溜所が動いている。ここ十数年で、選べる銘柄の幅は大きく広がった。
3回蒸溜で何が変わるのか、蒸溜器の順番で追う

では、3回蒸溜は味にどう効いているのか。単式蒸溜器は1回ごとに中身を入れ替えて蒸溜する。アイルランドの伝統的な3回蒸溜では、もろみを最初の蒸溜器にかけて弱いアルコール液を取り、それを2つ目の蒸溜器でさらに強くし、3つ目の蒸溜器で仕上げる。スコッチのモルトはこれを2回で終えるので、蒸溜したての原酒は70%前後に収まることが多い。アイルランド式に3回かけると、80%台まで上がるのが一般的だ。
度数が上がるということは、水やアルコール以外の重い成分がそれだけ取り除かれたということでもある。重い香味成分が減るぶん、口当たりは軽く、刺激の少ない原酒になる。ここで先ほどの生の大麦が効いてくる。生の大麦を含む原料は、蒸溜を重ねても厚みと辛みが残りやすい。軽くする工程と、厚みを残す原料。この2つを組み合わせることで、「軽いのに薄くない」というアイルランドらしい味の芯ができている、というのが私の整理だ。
スタンダードなジェムソンは、このポットスチル原酒に、連続式蒸溜機で造ったグレーン原酒を合わせたブレンデッドだ。ラベルにはっきり「Triple Distilled」と書かれていて、3回蒸溜をブランドの看板にしている。いま流通しているジェムソンはミドルトンで造られていて、度数は40%。グレーン原酒の軽さが前に出ているので、ストレートでも角が少なく、ハイボールにしたときに味が崩れにくい。
一方で、3回蒸溜をしないアイリッシュもある。1987年に創業したクーリー蒸溜所は、スコッチと同じ2回蒸溜を採用した。そこで造られるコネマラは、アイルランドでは珍しくピートを焚いた麦芽を使っていて、煙の香りがする。ただ、アイラ島のスコッチほど強くはなく、花のような香りが上に乗る穏やかな煙だ。3回蒸溜もピートなしも「多数派の慣習」であって、アイリッシュウイスキーの条件ではない、という点はこの銘柄を見るとよく分かる。
シングルポットスチルを飲み比べる順番

ここからは実践編として、ポットスチルの個性をつかむための飲み比べの組み立てを示す。ポイントは、ブレンデッドを基準に置き、ポットスチル原酒の比率が高いものへ順に進むことだ。いきなり濃いものから飲むと、何が「ポットスチルらしさ」なのかが分かりにくい。
- ジェムソン(ブレンデッド、40%) を基準にする。軽さと、後半にわずかに出る穀物の辛みを覚えておく。
- グリーンスポット(シングルポットスチル、40%) に進む。熟成年数の表示はないが、7〜10年ほどの原酒を中心に、バーボン樽とシェリー樽で熟成させたものを合わせている。青りんごのような香りと、ジェムソンよりはっきりした舌の上の厚みが比べどころだ。
- レッドブレスト12年(シングルポットスチル、40%) で締める。バーボン樽とオロロソシェリー樽で熟成させた原酒で、干しぶどうやナッツの甘さの下に、胡椒のような辛みとオイリーな質感がしっかり残る。
この順に飲むと、度数は3本とも40%で同じなのに、口の中での重さが段階的に増えていくのが分かるはずだ。条件をそろえて比べたいので、グラスは同じ形のものを3つ用意し、それぞれ15mlずつ注ぐ。3杯合わせて45ml、ダブル1杯ぶんの量に収まる。ストレートで香りを確かめたあと、スポイトで水を2〜3滴たらす。度数が少し下がると、閉じていた甘い香りとスパイスが開いてくる。この「加水で開く幅」も、ポットスチル原酒のほうが大きい。
さらに先へ進むなら、マラガワインの樽も使った12年熟成のイエロースポット(46%)、ダブリン市内で造られるティーリングのシングルポットスチル(46%)といった、度数が高めの銘柄が候補になる。46%は加水を少なく抑えた瓶詰めなので、ポットスチルの油っぽい質感がさらに分かりやすい。
ハイボールとアイリッシュコーヒー、再現できる配合
アイリッシュウイスキーは、割ったときの扱いやすさも強みだ。ここでは家で再現しやすい2つの飲み方を、分量まで決めて書いておく。
ハイボール(ジェムソンで)
- ウイスキー30ml、強炭酸水90〜120ml(1対3〜1対4)
- グラスに氷をいっぱいに入れ、ウイスキーを注いで10回ほど混ぜてグラスと液を冷やす
- 溶けて減った分の氷を足し、炭酸水を氷に当てないようにグラスの内側に沿って静かに注ぐ
- マドラーで縦に1回だけ持ち上げて混ぜる。混ぜすぎると炭酸が抜ける
1対3にするとウイスキーの甘さが残り、1対4にすると食事に合わせやすい軽さになる。グレーン原酒の多いブレンデッドは炭酸で割っても香りが痩せにくいので、ここはジェムソンやブッシュミルズのスタンダードが向いている。シングルポットスチルは、割るよりもストレートや少量の加水で飲むほうが持ち味が出る。
アイリッシュコーヒー
- 熱いコーヒー(濃いめ)120ml、アイリッシュウイスキー40ml、ブラウンシュガー小さじ2、生クリーム30ml
- 耐熱グラスにお湯を入れて温めておき、湯を捨ててからブラウンシュガーとコーヒーを入れてよく溶かす
- ウイスキーを加えて軽く混ぜる
- 生クリームは角が立つ手前、とろりと流れる程度まで泡立て、スプーンの背に当てながら表面にそっと浮かべる
1940年代にアイルランド西部の飛行艇の発着場で、寒さに震える乗客のために出されたのが始まりとされる飲み物だ。クリームは混ぜずに、冷たいクリームの層越しに熱いコーヒーとウイスキーを飲むのが本来の飲み方になる。砂糖を入れるのはコーヒーの比重を上げてクリームを浮かべやすくするためでもあるので、甘さを控えたい場合でも小さじ1は残したほうが層がきれいに分かれる。
まとめ、ラベルのどこを見れば造りが分かるか

アイリッシュウイスキーの味の傾向がどこで分かれるかを、もう一度短くまとめておく。軽さは3回蒸溜から、厚みと辛みは生の大麦を混ぜたポットスチルの原料から来ている。そして、3回蒸溜もピートを使わないことも法律の条件ではなく、多くの蒸溜所が続けてきた慣習だ。ブッシュミルズのように麦芽だけを3回蒸溜する蒸溜所もあれば、クーリーのように2回蒸溜でピートを焚く蒸溜所もある。
店でボトルを選ぶときは、ラベルの区分表示を最初に見るといい。「Single Pot Still」とあれば、麦芽と生の大麦を合わせたアイルランド独自の原酒で、とろりとした厚みとスパイスが期待できる。「Single Malt」は麦芽100%で、スコッチのシングルモルトに近い感覚で選べる。区分の表示がなく単に「Irish Whiskey」とあるものは、多くがグレーンを合わせたブレンデッドで、ハイボールやカクテルに向いた軽い味になる。「Triple Distilled」の表記は、軽さの目安として添えて読めば十分だ。
最初の1本を選ぶなら、基準になるジェムソンと、ポットスチルの個性がはっきり出るレッドブレスト12年の2本を並べるのがいちばん分かりやすい。同じ40%、同じミドルトン生まれの2本で、生の大麦がどれだけ味を変えるかが一度で分かる。テイスティング用には、香りがこもる口のすぼまったグラスと、加水用のスポイトがあれば足りる。ハイボールには容量300ml前後の細めのタンブラーを、アイリッシュコーヒーには脚つきの耐熱グラスを用意しておくと、ここで書いた配合がそのまま再現できる。