夜が冷えてくると、日本酒を温めて飲みたくなる。居酒屋で「熱燗を一合」と頼めば、ほどよく温まった徳利が出てくる。けれど家で同じことをしようとすると、どこまで温めればいいのかが急にあいまいになる。電子レンジに入れて取り出したら、首のところだけ熱くて中はぬるかった、ということもよくある。
燗酒には、温度ごとに呼び名がある。30℃前後の日向燗から、55℃を超える飛び切り燗まで、ほぼ5℃刻みで名前が付いている。名前があるということは、それだけ温度で味が変わると昔から感じられてきたということだと思う。この記事では、その呼び名をひとつずつ見ていき、湯煎・電子レンジ・電気の酒燗器という三つのやり方で、狙った温度にどこまで近づけるのかを比べる。最後に、燗に向く器の選び方と、冷めた燗酒の楽しみ方にも触れる。
紅葉を焚いて酒を温める、燗の古い情景

酒を温めて飲む習慣は古い。秋の紅葉の下で、落ち葉を集めて火を焚き、その火で酒を温める。写真の錦絵に描かれているのは、そういう情景だ。日本では『平家物語』に、高倉天皇が大切にしていた紅葉の枝を、番をしていた者たちが焚いて酒を温めてしまう話がある。天皇は叱らずに「林間に酒を煖めて紅葉を焼く」という唐の白居易の詩句を口にして、風流なことをしたとかえって喜んだという。この錦絵も、そうした故事を下敷きにした場面だと思う。
紅葉の季節と燗酒の結びつきは、暦の上にも残っている。旧暦の9月9日、重陽の節句から燗をつけはじめ、翌年の3月3日、桃の節句のころまで温めて飲む、という習わしが江戸のころには語られていた。旧暦の9月9日は、いまの暦でいえば10月の半ばから下旬ごろにあたる。ちょうど今の時期だ。
江戸時代には、燗酒は特別な飲み方ではなく、ふだんの飲み方だった。冷たいまま飲むことのほうがむしろ少なく、冷や酒をあおるのは行儀が悪いとまで言われたこともあったらしい。酒を温めると体が冷えにくく、酔いのまわり方もゆるやかになる。冬の寒さに備える意味もあったのだろうし、当時の酒の味が、温めたほうがまとまってよく感じられたという事情もあったのだと思う。
直火の燗鍋から、ちろりと燗徳利へ

燗のつけ方も、時代とともに変わってきた。古いやり方は、鍋に酒を入れて直接火にかける方法だ。写真のような、注ぎ口と持ち手の付いた鉄や銅の鍋を「燗鍋」と呼び、温めた酒をそのまま盃に注いだり、銚子に移したりした。手早く温まる反面、火に近い底の部分だけが熱くなりやすく、温度を細かく合わせるのはむずかしい。
やがて、湯を張った鍋に金属の容器を沈めて温める方法が広まる。このとき使う容器が「ちろり」で、銅や錫で作られた、取っ手と注ぎ口の付いた筒形の器だ。金属は熱をよく通すので、湯に沈めるとすぐに中の酒が温まる。いまでも、おでん屋や小料理屋の湯煎鍋に、ちろりが何本も差してある光景を見かける。
さらに、焼き物の徳利に酒を入れてそのまま湯に沈める「燗徳利」が使われるようになった。燗をつけた器をそのまま食卓に出して注げるので、移し替えの手間がない。焼き物はちろりより熱の通りがゆっくりなぶん、温まるのに時間はかかるが、そのあいだに酒全体の温度がそろいやすい。家で燗をつけるとき、多くの人が思い浮かべるのは、この徳利を湯に沈める方法だと思う。
30℃から55℃まで、温度で呼び名が変わる六つの燗

燗の呼び名は、温度の低いほうから日向燗(ひなたかん)、人肌燗(ひとはだかん)、ぬる燗、上燗(じょうかん)、熱燗、飛び切り燗の六つが知られている。目安の温度は、それぞれ30℃、35℃、40℃、45℃、50℃、55℃前後だ。言葉の響きから温度がなんとなく想像できるように作られていて、日なたに置いたくらいのほのかな温かさ、人の肌くらいの温かさ、というふうに、体の感覚に結びついた名前になっている。
日向燗は、温めたというより、冷たさが抜けた状態に近い。口に含むと、冷やで飲んだときより香りが少し立ち、口当たりがやわらかくなる。香りの華やかな吟醸酒を少しだけ温めて試すなら、この温度帯から始めるのがいいと思う。
人肌燗は、手で徳利を持ったときに、ぬくもりを感じる程度の温度だ。米のうまみがふくらみはじめ、甘みもやさしく出てくる。一方でアルコールの刺激はまだほとんど目立たない。燗酒に慣れていない人には、このあたりがいちばん受け入れやすい温度だと感じる。
ぬる燗になると、はっきりと温かい酒になる。香りがいちばん豊かに広がるのはこのあたりで、純米酒のふくよかさがよく分かる。上燗は、徳利を持つと少し熱いと感じる程度で、甘みと酸味のバランスが整い、後味がすっきりしてくる。家で燗をつけるときに、迷ったらぬる燗か上燗を狙えば大きく外すことは少ないと思う。
熱燗は、徳利の首を持たないと熱く感じる温度だ。辛口の酒はキレが増し、香りよりも切れ味が前に出てくる。脂の多い料理や、塩気の強いつまみと合わせると、口の中を洗い流すような感覚がある。飛び切り燗は55℃を超える温度で、湯気が立ち、アルコールの香りがつんと鼻に来る。味は辛く引き締まるが、酒によっては荒く感じることもある。
どの酒をどの温度で飲むかに、決まった正解はない。ただ、目安としては、米のうまみがしっかりした純米酒や本醸造、昔ながらの生酛や山廃で仕込んだ酒は、上燗から熱燗にすると味が開きやすい。香りを楽しむ吟醸酒や大吟醸、火入れをしていない生酒は、温めると香りが飛びやすいので、温めてもぬる燗くらいまでにとどめるのが無難だ。
冷やの側にも名前がある、雪冷えから涼冷えまで

温める側だけでなく、冷やす側にも呼び名がある。いちばん冷たいのが5℃前後の雪冷え、10℃前後の花冷え、15℃前後の涼冷え(すずびえ)だ。雪冷えは冷蔵庫から出したばかりの、瓶に霜が付くような冷たさで、香りはほとんど立たず、すっきりと辛く感じる。花冷えは冷蔵庫から出して少し置いたくらいで、香りがほのかに戻ってくる。涼冷えは、ひんやりとしながらも香りと味がはっきり分かる温度だ。
ややこしいのが「冷や」という言葉だ。今では冷蔵庫で冷やした酒を「冷や」と呼ぶ人が多いが、もともとは燗をつけない常温の酒のことを指していた。冷蔵庫が家庭になかった時代には、酒は燗をつけるか、そのまま飲むかのどちらかしかなかったからだ。居酒屋で「冷やで」と頼むと、店によって冷蔵の酒が出てくることもあれば、常温の酒が出てくることもある。気になるときは「常温で」「冷酒で」と言い分けると確実だと思う。
こうして並べてみると、日本酒は5℃前後から55℃を超えるところまで、ほぼ50℃の幅のどこで飲んでもよい酒だということが分かる。同じ一本の酒を、雪冷えから熱燗まで温度を変えて飲んでみると、別の酒のように味が変わる。その変化を楽しめるのが、燗のいちばんの面白さだと感じる。
湯煎と電子レンジ、それぞれの届き方
湯煎は、いちばん失敗の少ないやり方だ。徳利に酒を八分目ほど注ぎ、鍋に徳利の首の下あたりまで浸かる量の湯を沸かす。湯が沸いたら火を止め、徳利を沈める。湯の温度は、狙う燗の温度より少し高いくらいがちょうどいい。熱燗なら、沸騰直後の湯に沈めて数分で届く。ぬる燗なら、少し冷ました湯を使うと、温まりすぎを防ぎやすい。湯煎のよいところは、湯の温度より上には酒の温度が上がらないことで、多少目を離しても飛び切り燗を通り越して煮えてしまう心配がない。
ただし、湯煎には時間がかかる。焼き物の徳利なら、1合で数分は見ておく必要がある。徳利の厚みや酒の量、湯の量によっても時間は変わるので、慣れるまでは温度計を使うのが確実だ。燗の温度を測るための「酒かん計」という専用の温度計もあり、遠藤商事の酒かん計のように、徳利に差し込んで目盛りを読む形のものが手ごろな値段で売られている。何度か測るうちに、徳利の底を指で触ったときの熱さで、だいたいの温度が分かるようになってくる。
電子レンジは、いちばん手軽なやり方だ。徳利に酒を入れて温めボタンを押せば、1分もかからずに燗がつく。ただ、電子レンジで温めると、徳利の中で温度にむらができやすい。とくに首の細い徳利では、上のほうだけが熱くなり、底のほうはまだぬるいということがよく起こる。取り出したら徳利を軽く回すか、箸でかき混ぜて、中の温度をそろえてから注ぐといい。
電子レンジで燗をつけるときは、一度に長く温めず、短めの時間で止めて様子を見るのがこつだ。思ったよりぬるければ10秒ずつ足していく。温めすぎた酒は、冷ましても元の味には戻らない。口にラップを軽くかけておくと、香りが逃げにくくなる。金属の飾りが付いた徳利や、金や銀で絵付けをした器は、電子レンジに入れると火花が出ることがあるので使わない。
まとめると、湯煎は時間がかかるが温度が安定し、ぬる燗から熱燗まで狙った温度に合わせやすい。電子レンジは速いが、むらが出やすく、狙った温度に合わせるには温度計とかき混ぜる手間が要る。どちらも、何度か繰り返すうちに自分の器と自分の電子レンジのくせが分かってくる。
電気の酒燗器は、温度を機械に任せる道具

写真は、昔の家で使われていた燗つけの道具だ。湯を張った金属の箱に穴があいていて、そこにちろりを差し込んで温める。燗銅壺(かんどうこ)と呼ばれる種類の道具で、火鉢や炉の熱で湯を温めておけば、酒席のあいだじゅう、いつでも燗をつけられる。電気の酒燗器は、この仕組みをそのまま卓上の家電にしたものだと考えると分かりやすい。今売られている家庭用の酒燗器も、ほとんどが本体に水を張り、その湯で徳利やちろりを温める湯煎式だ。
酒燗器のいちばんの利点は、温度を機械に任せられることだ。湯の温度をヒーターが一定に保つので、一度設定すれば、毎回同じ温度の燗がつく。おかわりのたびに台所に立つ必要もなく、食卓に置いたまま温め直せる。
家庭向けの酒燗器を見ていくと、温度の決め方で大きく二つに分かれる。ひとつは、呼び名の付いた温度を段階で選ぶタイプだ。ツインバードの酒燗器 TW-D418Bは、人肌燗・上燗・熱燗・飛切燗の四つの目盛りがあり、37℃から60℃のあいだで設定できる。つまみは無段階に回せるので、目盛りと目盛りのあいだの温度も選べる。容量は1合半(約300ml)で、酒をセットしてから約13分で燗がつく。酒器はアルミ製の片口なので、落としても割れにくく、口が広くて洗いやすい。新潟県燕市のメーカーらしい、金属の扱いに慣れた作りだと感じる。
コイズミの酒燗器 かんまかせ KOP-0400も段階で選ぶタイプで、人肌燗・ぬる燗・上燗・熱燗に、ひれ酒用の設定を加えた5段階になっている。アルミ製のちろりが2個付いていて、2時間の保温機能もある。片方のちろりで燗をつけているあいだに、もう片方に次の酒を入れておけるので、何人かで飲む席に向いている。
もうひとつは、温度を目盛りで自由に決める無段階タイプだ。テスコムの酒燗器 SK31は、陶磁器の大きな徳利が付いた2.5合(約450ml)の酒燗器で、温度は無段階で設定する。焼き物の徳利で燗をつけるので、湯煎の雰囲気に近い。丸山のほろよい DS-25も2.5合の酒燗器で、徳利は美濃焼、本体は日本製だ。
選ぶときの考え方としては、燗の呼び名で温度を選びたいなら段階式、自分の好みの温度を細かく探りたいなら無段階式が向いていると思う。量で選ぶなら、ひとりで晩酌するなら1合半、ふたり以上なら2合半が目安になる。器の素材も大事で、アルミや金属のちろりは早く温まり、焼き物の徳利は温まるのに時間がかかるかわりに冷めにくい。
燗に向く器、冷めた燗酒の楽しみ方
燗をつける器と、注いで飲む器の素材によっても、燗酒の印象は変わる。燗をつける器でいえば、焼き物の徳利は熱がゆっくり伝わるので温まるのに時間がかかるが、いったん温まると冷めにくい。ちろりのような金属の器は、すぐに温まり、すぐに冷める。錫のちろりは、昔から酒の味をまろやかにすると言われ、今でも燗をつける器として好まれている。耐熱ガラスのちろりや徳利は、酒の色や量が見えるのがよいところで、冷酒にも燗酒にも使える。ただし、耐熱表示のないガラスの器は、湯煎や電子レンジで割れることがあるので使わない。
注いで飲む盃やぐい呑みは、燗酒なら厚手の焼き物が冷めにくく、手に持ったときにも熱すぎない。磁器の薄い盃は、口当たりがすっきりするかわりに、燗酒がすぐに冷める。燗酒は小さな盃で少しずつ注いで飲むのが向いているのは、盃の中で冷めないうちに飲み切れるからだ。
燗酒は、注いでから時間が経つと少しずつ冷めていく。いったん温めた酒が冷めたものを「燗冷まし」と呼ぶ。燗冷ましは温め直せばよいと思われがちだが、冷めたまま飲むのを好む人もいる。一度温めたことでアルコールの角が取れ、口当たりがまるくなっているので、冷やや常温で飲むのとはまた違った、やわらかな味になる。とくに、熱燗から少し冷めてぬる燗くらいになったあたりで、味がいちばん落ち着くと感じる酒も多い。温め直すなら、また湯煎で、ゆっくり温度を戻すのがいいと思う。
まとめ
| 呼び名 | 目安の温度 | 味の傾向 |
|---|---|---|
| 雪冷え | 5℃前後 | 香りは控えめで、すっきり辛く感じる |
| 花冷え | 10℃前後 | 香りがほのかに戻り、口当たりがなめらか |
| 涼冷え | 15℃前後 | ひんやりしつつ、香りと味がはっきりする |
| 日向燗 | 30℃前後 | 冷たさが抜け、香りが少し立つ |
| 人肌燗 | 35℃前後 | 米のうまみと甘みがやさしくふくらむ |
| ぬる燗 | 40℃前後 | 香りがいちばん豊かに広がる |
| 上燗 | 45℃前後 | 甘みと酸味が整い、後味がすっきりする |
| 熱燗 | 50℃前後 | キレが増し、辛口の酒が引き締まる |
| 飛び切り燗 | 55℃以上 | 湯気が立ち、辛く鋭い味になる |
燗のつけ方を三つ比べると、湯煎は時間がかかるが温度が安定し、電子レンジは速いが温度のむらに気を付ける必要があり、電気の酒燗器は温度を機械に任せて毎回同じ燗をつけられる。どれが正しいということはなく、ひとりの晩酌なら電子レンジと温度計、ゆっくり飲む夜なら湯煎、何人かで飲む席なら酒燗器、というふうに使い分ければいいと思う。
旧暦の重陽の節句を過ぎた今の時期から、燗酒がおいしい季節が始まる。まずは手元の一本を、ぬる燗と熱燗の二つの温度で飲み比べてみてほしい。同じ酒なのに、温度ひとつでここまで変わるのかと驚くはずだ。