音楽理論の独学は、最初の一冊で止まりやすい。 意味そのものは分かる。 でも次へ進めない。 語彙は増えるのに、和音の機能は頭に入らない。

これは努力不足ではない。 最初から最後まで通読する、という目的そのものが途中で崩れるからだ。

三か月で一周させるには、目的を置き換える。 本を一冊だけ選ぶ。ただし通読するのをやめる。 必要なページだけ開き、残りは目次として使う。 記憶の判定はアプリに任せる。 記号を距離に変えるのは鍵盤の仕事。

こうすると三つの役割が分かれる。 本は説明のソース。わからないときの答え合わせ。 アプリは記憶の受け皿。判定と反復を担当する。 鍵盤は記号を距離に変える層。

通読をやめると、三か月で配れるようになる

三か月の割り方で私が迷ったのは、毎日何分やるかではなかった。 それは最後に述べる。 先に決めるべきは、途中で主教材を入れ替えるかどうかだ。

三か月とも同じ本を使うと、途中で息切れが起きる。 そのときに、本が厚すぎると感じる。 でも本を変えても同じところで止まるなら、それは本のせいではない。 やろうとしていることが通読だからです。

ここが今回の配分の出発点になる。 本の難易度は問題ではない。 最後まで読む、という目標が問題だ。

机上に置かれた25鍵のMIDIキーボード、白鍵と黒鍵が一列に並ぶ
鍵盤は記号を距離に変える層。指が動く先がないと、本は読めても音にならないPhoto: Morn / CC BY-SA 4.0

三か月を順に割るとき、書もアプリも一つに固定する。 変えるのは三か月目の主教材だけ。 これが配分の要点だ。

第1か月:音程と度数

音程を飛ばして和音へ進むことがある。 結果は単純で、和音が聞き取れなくなる。 理由は和音の名称が、音程だけでは決まらないからだ。 同じ三音でも、調が変われば別の名前になる。

一か月目は音程と度数を両方やる。 順序はこうする。 先に指で位置を覚えて、そのあと本を読む。 逆順だと、読んでいても指が動く先を知らない。

鍵盤での練習はこうする。 すべての白鍵に指を置き、音名を対応づける。 次に黒鍵を加える。 音程は、指を何個飛ばすかで分かる。 度数も同じ。基音から指がどこにあるか、で決まる。

白い鍵盤の上に指が乗ったところ、斜め上から見た鍵の反射
度数とは記号ではなく、鍵と鍵の距離のことPhoto: Gabriel Barletta / CC0

耳の訓練は musictheory.net だけで足りる。 音程、音階、和音、鍵盤の四つに分かれていて、ブラウザだけで動く。 繰り返しの回数に制限がない。アカウントも要らない。

ただ、このサイトは孤立した識別だけだ。 基音から何番目かを問われることはない。 一か月目の主題は度数なので、ここに隙間が残る。

その隙間を埋めるのが Functional Ear Trainer だ。 先に基音を鳴らし、次の音が基音の何番目かを問う。 度数という概念をそのまま問えるので、要る場所に合っている。 文字に頼らない訓練なので、画面が日本語でなくても使える。 iPhone と iPad と Mac と Android に出ている。

一か月目の合格基準はひとつ。 任意の基音について、七つの度のどれかを三秒以内に言えたら合格。

第2か月:三和音・疑似和音・進行

二か月目の流れはこう並べる。 三和音を構成する。 転位を求める。 疑似和音を加える。 そのうえで進行を弾く。

よく省略されるのが転位。 三和音にも七和音にもある。 根音の位置が変わるだけで、音の印象は変わる。 構造は同じなのに響きが違う、という感覚が、そのまま進行の判断材料になる。

疑似和音はここで入れる。 半減七和音と減七和音のことだ。 三か月目まで遅らせると、その先がきつくなる。

古い手書きの楽譜で、密集した音符と和音記号がページいっぱいに並ぶ
手書きの和声記号は電報のように密集している。和声の練習とは、その密集を動かせる塊に割る作業であるPhoto: Wilhelm Friedemann Bach / Public domain

耳の訓練には、ここから Complete Ear Trainer を加える。 このアプリは、和音の識別だけでなく分解や進行も見る。 iPhone と Android の両方に対応している。 和音の練習だけなら無料で使える部分がある。

なお、一か月目の度数訓練はそのまま続けておく。 度数を固める前に和音へ寄せると、また壁に来る。

最後に、右手で単音、進行をひととおり弾いておく。 四つの型のそれぞれを、大調と小調の両方で。 この工程を抜くと、三か月目は途中から全部が難しくなる。

第3か月:代理和音と変則和声

三か月目の課題は、進行の先にある。 ここまではダイアトニックの中だけだった。 ここから先は、その外へ出る。

十九世紀の笛の教本の一ページ。上部に題字、下部に音符と和音の記号が並ぶ
和声記号の書き方は三百年ほぼ変わっていない。だから使うのは記号ではなく機能であるPhoto: Henri Altès / Public domain

用語を先に整理しておく。

代理和音は、属和音が別の調に一度逃げるやつ。 記号では V/V と書く。 その次に来るのは V。

変旋和音は、ダイアトニックの外側に一時的に入る和音。 C の半減七和音などが代表例。

どれからやるかは好みで決めてよい。 ここでは一般的な順に並べる。

一、代理和音。 V/V から V に戻るという構造なので覚えやすい。 解析でも作曲でも、最初にここへ目を置くのが手堅い。

二、半減七と減七。 これは絶対に必要な部品。 ここを飛ばすと三か月目の残りが全部きつくなる。

三、変則和音の響き。 ここが三か月目の本体。 単純な進行だけだと、なぜこの和音が効いて聴こえるのかが分からない。 ここを通すと、聴取の次元が一つ上がる。

一周しただけで完成ではない。 三か月は一周であって、完成ではない。 一周した知識が使えるものになるには、もう一巡が必要だ。

三か月分の内訳

月書アプリ鍵盤でやること
第1か月手元にある本を引くmusictheory.net と Functional Ear Trainer音程と度数を全音
第2か月同じ本を引くComplete Ear Trainer と Functional Ear Trainer転位と四つの進行
第3か月新しい本を一通りComplete Ear Trainer(進行)半減七、減七、代理和音

書は三冊で足りる。

一冊目は手元にあるもので構わない。 和弦の構成と終止式が引ける本ならそれでいい。 出版社も厚度も関係ありません。

二冊目は補助。 毎日五分だけ開く運用なので、軽いものが向いている。

三冊目が本体。 三か月目に一通り目を通すだけでいい。 その後の順序は任意。

この配置のポイントは、一か月目と二か月目の本を同じにすること。 毎日同じ場所を開けるので、ページを探すコストが要らない。 三か月目になって初めて場所が変わる。

三か月目の本には二通りある。 日本語の分厚い資料と、英語だが章立てが明快な教科書。 前者は実例集で、後者は理屈が文章で書かれている。 両方を読む必要はなく、片方に絞ってよい。 英語に抵抗があるなら、二か月目まで日本語の本でそろえておくと、導入が楽になる。

鍵盤は二十五鍵で足りる。 三か月だけなら、三十七鍵でも不足はない。 鍵数が少ないぶん、鍵に色が付いていて、音と指が見分けやすい。

毎週三行だけ記録する

独学で一番多いのは、努力のかけ方がばらつくことだ。 ある週は本を読む翌週はアプリだけ、というように。 注意がばらけると、三か月を浅く広くやる形になって、終わりが来ない。

逃げ道は一つ。毎週三行を書く。

  • 今週に何をしたか。どのページを引いたか。
  • 鍵盤で何を弾いたか。どの進行を両手で。
  • 来週は何をするか。一条だけでいい。

これで十二週間ぶんが三十六行になる。 三か月が終わったら順番に読み返す。

最初に気づくのは、空の行が二つ三つあることだ。 その二つ三つが、そのまま答えを教えてくれる。

自分の場合、二か月目の途中に空の週が一つあった。 理由は、最初から最後まで読もうとしたこと。 三か月目の本に変えたときも、同じことをして、また一つ空いた。

だから守るルールは一つだけでいい。 主教材は最初から最後まで読まない。 それ以外は全部妥協してよい。

まとめ

三か月で一周させる設計は、こうだった。

  • 第1か月は音程と度数に全振りする。指の位置を確定させる。暗記は次の話だ。
  • 第2か月は三和音と転位と疑似和音をつなぐ。進行を弾く工程を省略しない。
  • 第3か月は代理和音、半減七と減七、変則和音の響き。ここで初めて教材を替える。

一番の反省は、主教材は一冊だけという規則を途中で破ったこと。 一冊だけを持つ前提は、三か月目がその範囲を超える瞬間に効かなくなる。

費用のかけ方はこうだった。 鍵盤は二十五鍵の入門機で足りる。 耳の訓練は一か月目を無料のブラウザ版で済ませ、二か月目から有料版を一つ足す。 三つ入れてはいやになる。

三か月を最初から終わらせず、一周として敷居を上げておくと、四年目の自分のほうが多少は使える状態になっている。 焦らず、かつ手を動かさないこと。 指はもう動いている。 自分の耳を信じる。