NEA Jazz Masters — National Endowment for the Arts が毎年、ジャズの歴史に刻印を残した生きる伝説たちを讃える賞がある。グラミー賞とは異なり、「我が国が音楽家に与え得る最高の栄誉」と謳われるこの賞は、1982年から40年以上、商業的成功ではなく、ジャズそのものへの貢献度で選抜されてきた。

2026年のNEA Jazz Masters は4人。このなかから、ヴォーカルのカルメン・ランディ、パーカッションのアイルト・モレイラ、キーボードのパトリス・ラッシェンという三領域の巨匠を取り上げたい。彼らは1970年代から1980年代にかけてジャズを再発明した世代であり、いま71歳以上の年齢でありながら、今なお現役で音楽を作り続けている。

カルメン・ランディ — 歌とオリジナル曲が編み上げる50年

ヴィンテージの放送用マイク
自作曲150以上。自分の言葉で歌い続けた50年(イメージ)
Photo: Fourandsixty / Wikimedia Commons (CC BY-SA 4.0)

1985年のデビュー・アルバム『Good Morning Kiss』は、ジャズ・チャートを23週間走り続けた。しかし、この女性シンガーの本当の力は、150以上の自作曲を手がける作曲家としての側面にあった。ジャズ・ヴォーカル界の多くが標準曲(スタンダード)を唄うなか、ランディは自分の言葉、自分の音で何十年も曲を書き続けてきたのだ。

2026年で71歳になるランディが、この50年のあいだに残した17枚のアルバムは、すべて彼女のオリジナル・スケッチで綴られている。直近の『Modern Ancestors』(2019)と『Fade to Black』(2022)はグラミー賞にも指名され、ジャズ・ヴォーカル部門で高く評価されている。

彼女の作曲の世界は、愛、信仰、家族、社会への問い、そして存在の意味へと向かう。ゴスペル、ブルース、ラテン、アフリカン・リズムをジャズに溶け込ませ、彼女自身の精神的・文化的な旅を音にしている。興味深いことに、ランディは同時にペインター・ドキュメンタリストでもあり、ニューヨークのケンケレバ・ギャラリーやThe Jazz Galleryで作品展示を重ね、2022年のDTLA Film Festivalでは『Nothing But The Blood』というドキュメンタリーでBest Music Documentary賞を獲得している。

音楽と映像が融け合った彼女の実践は、「人生の反省と芸術的な深掘りから生まれた」という言葉の意味を教えてくれる。UCLA Herb Alpert音楽学部で Global Jazz Studies の講師を務め、Harvard大学ではJazz Master in Residence の肩書きも持つ。ケネディ・センターのBetty Carter’s Jazz Ahead企画には1999年からずっと参加し続けている。

アイルト・モレイラ — ブラジル・パーカッションの革命児

カシシを手に歌うアイルト・モレイラ
カシシを鳴らして歌うアイルト・モレイラ
Photo: Brian McMillen / Wikimedia Commons (CC BY-SA 4.0)

1941年8月5日生まれのアイルト・モレイラが13歳でプロ音楽家になったとき、ブラジルのジャズ・シーンでさえ、彼がもたらす衝撃の大きさを予見していた者は少なかったはずだ。

1970年、彼はマイルス・デイビスのもとで『Bitches Brew』という時代を変える融合の実験に参加した。同年のWeather Report『Weather Report』、翌1972年のChick Corea『Return to Forever』『Light as a Feather』 — フュージョン初期の最高峰たちのなかに、彼のパーカッションは常に中心にいた。

モレイラの革新は、これまでのジャズ・パーカッションを「リズムを保つ楽器」ではなく、「構造と感情を生み出す楽器」へと昇華させたことにある。ベリンバウ、クイーカ、パンデイロ、カシシを導入し、ブラジルのカーニヴァルや儀式の音を、ジャズの即興のなかに編み込んだ。その音は、森の息吹、街のざわめき、儀式の厳粛さ、カーニヴァルの熱狂——すべてを同時に示唆することができた。

パーカッションがハーモニーと旋律の重さを背負い始めたのは、彼の挑戦があったからだ。Down Beatの投票で1973年以来20回以上のパーカッション・カテゴリ受賞は、その歴史的位置付けを物語っている。

2026年、彼は新作『Maracanós』をリリースした。2024年から2025年にかけてブラジル・フォルタレザのJasmin Studiosで録音されたこのアルバムは、妻のフローラ・プリムとの共演作品として、ワールド・フュージョン・ジャンルの奥深さを示している。

パトリス・ラッシェン — ジャズとポップの境界線を消した女性音楽監督

鍵盤の前で微笑むパトリス・ラッシェン(2010年)
鍵盤の前のパトリス・ラッシェン(2010年)
Photo: "Cowboy" Ben Alman / Wikimedia Commons (CC BY-SA 2.0)

1970年代のデビュー以来、パトリス・ラッシェンは常に「境界線を引かない」ピアニストだった。クラシックの訓練を受けた手から、ジャズ、R&B、ファンク、ポップが次々と湧き出してきた。彼女が指揮したアルバムの数は14を超え、ジョージ・ベンソン、ライオネル・ハンプトン、ハービー・ハンコック、プリンス、ダイアン・リーヴス、スティーヴィ・ワンダーといった大物たちとの共演記録は、彼女がジャンルを超えた信頼を集めていたことを示している。

だが、彼女の最大の貢献は、おそらく演奏ではなく、音楽監督の職にあったかもしれない。

2004年から2006年にかけてグラミー賞の音楽監督を務めたラッシェンは、同時にエミー賞、NAACP Image Awards、People’s Choice Awards、HBO Comic Relief Vの音楽監督も手がけた。女性がこれらの大型エンターテイメント・アワードの音楽総責任者になったことは、アメリカのエンターテイメント業界の歴史でも重要な一ページだ。

1982年の「Forget Me Nots」は、後年George Michaelに「Fastlove」でサンプリングされ、Will Smithは「Men in Black」のなかで彼女の旋律を再利用した。彼女のR&Bキラーチューンが、90年代のポップ・ミュージックの基層として機能していたのだ。

2013年から2023年まではUSC Thornton音楽学部の Popular Music Program 主任教授、Berklee College of Musicでは2008年からAmbassador for Artistry in Educationの立場を貫いている。2024年に Black Music Honors から Lifetime Achievement Award、2025年には LA Jazz Society から Composer/Arranger Award と Roland Lifetime Achievement Award を立て続けに受賞した彼女は、今なお新作を作り続けている。

2026年、ジャズの現在地を歩む三人

1970年代、ジャズが完全にフュージョンの時代へ移行していく転換点があった。それは、ロック、ポップ、クラシック、そして世界中の民族音楽が、一度にジャズの沸騰する鍋の中に落ち込んできた時代でもあった。

ランディの「オリジナル曲だけで50年」という選択は、ジャズ・ヴォーカルにおける独立宣言だった。モレイラのパーカッションが「構造」を持つようになったことは、ブラジル音楽がジャズの骨格を形作り始めたということだ。ラッシェンがR&B、ポップ、ジャズの三領域を自由に行き来したことは、ジャンルの壁そのものが実は存在しないことを証明した。

彼らが活躍していた1970年代から1980年代は、グローバル化とテクノロジーの急速な進展の時代でもあった。しかし、彼らはそれに流されるのではなく、アフリカン・リズム、ラテン・パーカッション、ブラジル音楽、ゴスペル、ブルースを、ジャズという楽器の中に統合していった。

2026年のいま、彼らはすべて71歳以上。にもかかわらず、ランディは新曲を書き続け、モレイラは新作をリリースし、ラッシェンは教育と創作の両輪で走り続けている。

NEA Jazz Masters という賞は、商業的成功を測るものではない。それは、ジャズという音楽形式が、どのように進化を遂行してきたのか、その歴史の転機に立った人物たちを刻銘するための賞だ。

2026年の三人の受賞は、ボーカル、パーカッション、キーボード——三つの領域の創造性が、いかに現代ジャズの形を決定づけてきたかを示している。


参考情報: NEA Jazz Masters Tribute Concert は2026年9月15日、ロサンゼルスのWalt Disney Concert Hallで無料開催。全米ラジオ放送とライブ配信で視聴可能。