切子のぐい呑みを二つ並べると、同じ「切子」でも色の見え方がまるで違うことがある。一つは、色のついた部分と透明な部分の境目がくっきりしていて、模様が線で描かれているように見える。もう一つは、深い色からだんだん淡くなって透明に溶けていき、模様の縁がにじんで見える。前者が江戸切子、後者が薩摩切子の典型的な姿だ。
この違いは、職人の好みや流派の差というより、ガラスの作り方そのものから来ている。薩摩切子は、透明なガラスの外側に被せる色ガラスの層が厚い。その厚い層を斜めに削ると、削った深さに応じて色の濃さが段階的に変わり、「ぼかし」と呼ばれるにじみが生まれる。この記事では、まず薩摩切子と江戸切子の違いを数字で並べ、そのあと薩摩切子の歴史とぼかしの仕組みをたどる。後半では、色ごとに冷酒がどう見えるか、ぐい呑みに注ぐ量と温度、長く使うための手入れまでをまとめる。
色ガラスの厚さは約3mm、薩摩切子と江戸切子を数字で並べる

先に結論を示す。薩摩切子と江戸切子を分ける最大の違いは、色ガラスの層の厚さだ。薩摩切子の色被せ(いろぎせ)は、透明なガラスの外側に約3mmの色ガラスを重ねる。江戸切子の色被せはそれより薄く、削ると色の層をすぐに抜けて透明な地が出る。薄い層を削れば、色のある部分とない部分の境目は鋭い線になる。厚い層を斜めに削れば、削り口の中で色の厚みが少しずつ変わるので、濃い色から透明へのグラデーションになる。
素材にも違いがある。薩摩切子は鉛を含むガラス(鉛ガラス)で作られ、屈折率が高く、削った面がきらきらと強く光る。江戸切子は、クリスタルガラスを使うものもあれば、より硬くて扱いやすいソーダガラスを使うものもある。重さを手で比べると、同じ大きさなら鉛ガラスの薩摩切子のほうがずっしりと重い。
| 比べる点 | 薩摩切子 | 江戸切子 |
|---|---|---|
| 始まり | 1846年(薩摩藩・島津斉興) | 1834年(江戸・加賀屋久兵衛) |
| 色ガラスの層 | 厚い(約3mm) | 薄い |
| 主な素材 | 鉛ガラス | クリスタルまたはソーダガラス |
| 色の見え方 | ぼかし(濃淡のにじみ) | くっきりした線と面 |
| 文様の印象 | 大きく深いカット | 魚子・菊繋ぎ・矢来など細かい文様 |
| 公的な指定 | 鹿児島県の伝統的工芸品 | 国の伝統的工芸品(2002年) |
| ぐい呑みの価格帯 | 約2万5千円〜5万円 | 数千円〜数万円 |
価格の差も大きい。薩摩切子のぐい呑みは、小ぶりなものでも2万5千円前後からで、冷酒杯になると4万円近いものが多い。厚い色の層を均一に被せ、それを手で削り、磨き上げる工程が長いためだ。江戸切子は、工房や作り方によって数千円台から数万円まで幅が広い。どちらが上ということではなく、作りの違いがそのまま値段に表れている。
1846年に始まり、1858年に途切れた薩摩のガラス

薩摩切子の歴史は、1846年に薩摩藩主の島津斉興がガラスの製造を始めたところから数えられる。江戸からガラス職人を招き、最初は薬品を入れる瓶などを作っていた。これを大きく育てたのが、次の藩主の島津斉彬だ。斉彬は1851年に藩主になると、製鉄・造船・紡績などを束ねた近代工場群「集成館事業」を進め、ガラスの製造もその中に組み込んだ。ヨーロッパのカットガラスを手本にしながら、色ガラスの研究を重ね、なかでも赤いガラスの発色に成功したことで「薩摩の紅ガラス」と呼ばれるようになった。
最盛期には100人を超える人がガラス工場で働いていたとされる。しかし、1858年に斉彬が急死すると、事業は大きく縮小される。1863年の薩英戦争では集成館が砲撃を受け、さらに明治に入ってからの混乱もあって、薩摩切子の製造は途絶えてしまう。作られていた期間は、わずか20年ほどだった。当時の薩摩切子として現存するものは200点ほどしかなく、いまでは美術品として扱われている。
それから100年以上、薩摩切子は作られなかった。復元が始まったのは1985年のことで、島津家の流れをくむ島津興業が薩摩ガラス工芸を立ち上げ、残された古い器を測り、文献を読み解き、試作を繰り返して色と削りの技を一つずつ取り戻していった。翌1986年から本格的な製造が始まり、いまでは鹿児島県の伝統的工芸品として、仙巌園のそばにある磯工芸館などで手に取れるようになっている。
江戸切子は線で、薩摩切子は面で色を見せる

江戸切子は、1834年に江戸の大伝馬町でビードロ屋を営んでいた加賀屋久兵衛が、ガラスの表面に彫刻を施したのが始まりとされる。薩摩切子より12年早い。1985年に東京都の伝統工芸品に、2002年には国の伝統的工芸品に指定された。もともとは透明なガラスに文様を刻むものだったが、のちに色被せのガラスも使われるようになり、いまでは赤や青の江戸切子がよく知られている。
江戸切子の色被せは薄いので、少し削るだけで色の層を抜け、透明な地が現れる。その結果、色のある面と透明な線が鋭く分かれ、文様がはっきりと読める。魚の卵のような細かい格子を並べた「魚子(ななこ)」、菊の花を連ねた「菊繋ぎ」、竹垣を思わせる「矢来」、六角形を重ねた「麻の葉」など、文様の名前が細かく決まっているのも、線で模様を描く江戸切子らしいところだ。写真の器も、赤や青の地に白く光る線が走り、模様の形がひと目で分かる。
薩摩切子は、同じように文様を削っても、色の層が厚いぶん、削った面の中に色が残る。浅く削った部分は色が濃く、深く削った部分は淡くなり、層を削り抜いたところで初めて透明になる。線で模様を描くというより、面の濃淡で模様を浮かび上がらせる作りだ。江戸切子が「線の器」なら、薩摩切子は「面の器」と言えると思う。
ぼかしは、厚い色の層を斜めに削ることで生まれる

ぼかしの仕組みは、断面を思い浮かべると分かりやすい。厚さ約3mmの色の層に、砥石を斜めに当てて溝を削るとする。溝の縁ではまだ色の層がほとんど残っていて、色は濃い。溝の中心に向かうほど色の層は薄くなり、底で色の層を削り抜けば、透明なガラスが顔を出す。光は削った面を通り抜けるあいだに、その場所に残っている色の厚さぶんだけ色づくので、溝の中で濃い色から透明までの連続した濃淡が生まれる。これがぼかしだ。
きれいなぼかしを出すには、二つの条件がそろわなければならない。一つは、色の層の厚さが器全体で均一であること。層の厚さがばらつくと、同じ深さで削っても色の残り方がばらばらになり、にじみがまだらになる。もう一つは、削る角度と深さを一定に保つこと。砥石に当てる手の角度がわずかに変わるだけで、濃淡の幅が変わってしまう。復元のときにいちばん苦労したのも、この色の層の厚さをそろえる技術だったといわれる。
色の種類も、復元後に増えている。斉彬の時代からの紅・藍・紫・緑に加え、復元後に金赤や黄が開発され、紫を深くした島津紫も作られるようになった。さらに、二色の色ガラスを重ねる「二色被せ」の器もある。たとえば藍の下に緑を重ねると、削る深さによって藍、緑、透明の三段階の色が一つの溝の中に現れる。厚い層を重ねる薩摩切子だからこそできる表現だ。
紅・藍・緑、色ごとに冷酒の見え方が変わる

ぐい呑みに注いだ酒は、器の色を通して目に届く。日本酒そのものはほぼ透明か、ごく淡い黄色をしていることが多い。そこに厚い色の層が重なるので、上から覗き込むと、酒の色というより器の色が液面に映り込んで見える。薩摩切子の場合、ぼかしのおかげで色が一色に塗りつぶされず、削った面ごとに濃い色と淡い色、透明な部分が並ぶ。酒を注ぐと、ガラスと空気の境目が酒とガラスの境目に変わるので、削った面の反射が少し弱まり、色の濃淡がよりやわらかく見えるようになる。
色ごとの見え方は、おおよそ次のように整理できる。紅や金赤は、淡い黄色の酒に暖かみを足し、熟成した純米酒や山廃のように色の乗った酒を、より琥珀色に近く見せる。藍や瑠璃は、透明な酒をいっそう澄んで冷たく見せるので、吟醸酒や生酒をよく冷やして飲むときによく合う。緑は、藍ほど冷たくならず、紅ほど暖かくもない中間の色で、どんな酒にも合わせやすい。黄は、酒の淡い色と重なるので、器の色が主張しすぎず、酒そのものの色を確かめたいときに向いている。
| 器の色 | 酒の見え方 | 合わせやすい酒 |
|---|---|---|
| 紅・金赤 | 暖かく、琥珀色に寄って見える | 熟成酒・山廃・純米酒 |
| 藍・瑠璃 | 澄んで、冷たく見える | 吟醸酒・生酒 |
| 緑 | 中間。色の主張が穏やか | 本醸造・普段の一杯 |
| 黄 | 酒の色に近く、目立ちにくい | 色の違いを見たい酒 |
もう一つ見どころがあるのは、器の底だ。薩摩切子のぐい呑みは、底にも菊や星形の文様を削り込んだものが多い。酒を注いで上から覗くと、液面の下で底の文様が光を集め、器の中に小さな花が開いたように見える。飲み進めて酒が減るにつれ、底の文様の見え方が少しずつ変わっていくのも、ぐい呑みならではの楽しみだと思う。
冷酒の温度と注ぐ量、ぐい呑みで飲むときの目安
薩摩切子のぐい呑みで飲むなら、まず冷やした酒から始めたい。日本酒の冷酒には温度ごとに呼び名があり、15℃前後が涼冷え、10℃前後が花冷え、5℃前後が雪冷えと呼ばれる。冷蔵庫から出したばかりの酒はだいたい5℃前後なので、そのまま注ぐと雪冷えになる。香りを立たせたい吟醸酒なら、冷蔵庫から出して10分ほど置き、10℃前後の花冷えで注ぐとちょうどよい。
ぐい呑みの容量は、小ぶりなもので40〜50ml、大きめのもので80ml前後が目安になる。一合(約180ml)を注ぐと、小ぶりなぐい呑みでおよそ4杯、大きめなら2杯ほどだ。一度にたくさん注がず、少量ずつ注いで飲み切るほうが、酒の温度が上がりにくく、冷たさを保ったまま飲める。ガラスは陶器より熱を伝えやすいので、手で包むように持つと、体温で少しずつ酒が温まっていく。冷たさを保ちたいときは、底のほうを指先で持つとよい。
熱燗には向かない。鉛ガラスは急な温度変化に弱く、熱い酒を注いだり、熱湯で温めたりすると割れるおそれがある。燗酒を楽しみたいときは、陶器や錫の酒器に任せ、薩摩切子は冷酒や常温の酒に使う、と分けておくのが安全だ。冷酒を注ぐときも、冷凍庫で器ごと冷やすのは避け、冷蔵庫で軽く冷やす程度にとどめる。
長く使うための手入れと保管
薩摩切子は、扱い方で寿命が大きく変わる。基本は、急な温度変化を避けることと、表面に傷をつけないことの二つだ。
使い終わったら、ぬるま湯と薄めた中性洗剤、柔らかいスポンジで一つずつ手洗いする。鉛ガラスは普通のガラスより表面が柔らかく、研磨剤入りのスポンジやクレンザーを使うと、削った面の輝きが曇ってしまう。食器洗い機や電子レンジは使わない。洗ったらすぐに柔らかい布で水気を拭き取り、水滴の跡を残さないようにする。切子は溝が多いので、溝に水がたまったまま乾くと白い跡が残りやすい。
しまうときは、器どうしを重ねない。切子の縁や削った角は欠けやすく、重ねると当たった部分から傷が入る。買ったときの桐箱があれば、それに戻して保管するのがいちばん確実だ。直射日光の当たる窓辺に長く飾るのも避けたい。急に冷えたり温まったりすると、ガラスに負担がかかる。
まとめ、ぼかしを楽しむなら冷酒を少しずつ
薩摩切子と江戸切子を分けるのは、色ガラスの層の厚さだ。薩摩切子は約3mmの厚い色の層を鉛ガラスに被せ、それを斜めに削って、濃い色から透明までの連続した濃淡、ぼかしを作る。江戸切子は薄い色の層を削り抜いて、くっきりした線で文様を描く。同じ切子でも、薩摩は面で、江戸は線で色を見せる器だと言える。
その薩摩切子は、1846年に始まり、1858年の斉彬の死と1863年の薩英戦争を経て、わずか20年ほどで途絶えた。100年以上の空白のあと、1985年に復元が始まり、いまでは紅・藍・紫・緑に、金赤や黄、島津紫、二色被せまで色の幅が広がっている。
ぐい呑みで飲むなら、冷蔵庫で冷やした酒を10分ほど置いて花冷えにし、一度に少しずつ注ぐ。紅や金赤には熟成した酒を、藍や瑠璃には吟醸酒や生酒を合わせると、器の色と酒の色がよく響き合う。洗うときは手洗いで、柔らかいスポンジと布を使い、重ねずにしまう。手入れの手間はかかるが、そのぶん、注ぐたびに色のにじみが変わる器を長く手元に置いておける。