打ち込みの曲を作っていると、ある段階で低音が急にもやっとする瞬間が来る。キックもベースも単体で聴けばちゃんと鳴っているのに、二つを重ねると輪郭が溶けて、スピーカーの前で何が鳴っているのか分からなくなる。音量を下げても、EQで削っても、どこか一方が痩せるだけで、すっきりした解決にならない。

この状態をほどく道具としてよく名前が挙がるのが、サイドチェイン・コンプレッション(以下サイドチェイン・コンプ)だ。キックが鳴った瞬間だけベースの音量を少し下げ、キックが抜けたら元に戻す。言葉にするとそれだけのことだが、どれくらい下げて、どれくらいの速さで戻すかによって、ほとんど気づかない整理にもなれば、曲全体が呼吸するように揺れる派手な効果にもなる。

この記事では、キックとベースという二つの低音にどう道を譲らせるかを、設定の考え方から順に整理する。最初に決める数値、テンポから逆算するリリース、検出側にかけるEQ、主要なDAWでの配線、そしてコンプを使わない譲らせ方まで。プラグインの細かい操作よりも、「なぜその値にするのか」を手元に残せるように書いていく。

キックとベースは、同じ50〜100Hzを取り合っている

ドラムセットの足元に並ぶツインペダルとハイハットスタンド。バスドラムを踏むペダルが床に置かれている
バスドラムを踏むペダル。この一打の太さは、ベースの最低音とほぼ同じ帯域に集まっているPhoto: slayer / CC BY 2.0

まず、なぜこの二つがぶつかるのかを確かめておきたい。キックの音の中心、つまり胸に響く「ドン」の成分は、多くの場合40〜100Hzのあたりにある。60〜100Hzを持ち上げればパンチが出て、削ればこもりが取れる。100〜250Hzには胴鳴りのような厚みがあり、ここが多すぎると輪郭がぼやける。一方のベースは、弾く音程によって基音が動くものの、エレキベースでもシンセベースでも40〜250Hzあたりに音の土台がある。二つを並べると、50〜100Hz、とくに60〜80Hzのあたりが完全に重なっていることが分かる。

同じ帯域に同じタイミングで大きなエネルギーが入ると、耳はそれを二つの音としてではなく、一つの太い塊として受け取ってしまう。しかも低音は波長が長いので、位相の関係によって打ち消し合ったり、逆に過剰に盛り上がったりもする。キックが鳴るたびに低域のメーターが跳ね上がり、マスターのリミッターが余計に働いて、曲全体の音圧まで不安定になる。もやっとした感じの正体は、たいていこの重なりだと思う。

解決の方向は大きく二つある。一つは帯域で分けるやり方で、キックとベースのどちらがどの周波数を受け持つかを決め、EQで住み分ける。もう一つは時間で分けるやり方で、キックが鳴っている短い瞬間だけベースに引いてもらう。サイドチェイン・コンプは後者の代表で、帯域を削らずに済むぶん、ベースの太さをそのまま残せるのが大きな利点だと感じている。

サイドチェインは「聞く耳」と「動かす音」を別にする仕組み

ユニバーサル・オーディオの1176リミッティング・アンプ。銀色のパネルに黒いつまみと比率切り替えボタン、青い部分にメーターが並ぶ
1176リミッティング・アンプ。つまみは入力・出力・アタック・リリース、ボタンで比率を選ぶ。ソフトのコンプも基本の考え方は同じPhoto: John Tuggle / CC BY 2.0

ふつうのコンプレッサーは、入ってきた音の大きさを自分で測り、しきい値を超えた分だけその音を小さくする。音を測る部分(検出回路)と、音量を実際に上げ下げする部分が、同じ一本の信号を見ているわけだ。サイドチェインは、この検出回路にだけ別の信号を入れる仕組みのことを指す。ベースのトラックにコンプを挿し、その検出回路にキックの信号を送る。するとコンプは「キックの大きさ」を見て、「ベースの音量」を下げるようになる。ベース自体がどれだけ静かでも、キックがしきい値を超えればベースが下がる。

この発想は新しいものではない。映画の録音では、台詞の歯擦音が強いときだけ音量を抑えるために、高域だけを取り出した信号で検出回路を動かす工夫が早くから使われていた。ラジオでは、話し手の声が入ると音楽が自動的に下がる「ダッキング」が長く使われている。どちらも、聞く耳と動かす音を分けるという点で、今回の話とまったく同じ構造をしている。

これが音楽そのものの表現になったのは、ダンスミュージックの世界だった。2000年前後のフレンチハウスでは、キックに合わせてシンセやサンプル全体が大きく沈み、また膨らむ「ポンピング」が、グルーヴの一部として積極的に使われた。Daft Punk の「One More Time」はその代表で、2004年に全英1位になった Eric Prydz の「Call on Me」で、この揺れは一気に広く知られるようになった。いま私たちがサイドチェインと聞いて思い浮かべる大きな揺れは、ここで定着した音だと思う。

ただ、この記事で扱うのは、そこまで派手な効果ではなく、キックとベースの交通整理としての使い方だ。仕組みは同じでも、目的が違えば数値はまったく変わる。そこを分けて考えておくと、プリセットを選ぶときにも迷いにくくなる。

最初に決めるのは「何dB譲るか」と「どれだけで戻るか」

コンプのつまみは、しきい値(スレッショルド)、比率(レシオ)、アタック、リリースの四つが基本になる。サイドチェインで低域を整理する場合、私はこの四つを個別に考えるより、「キックのたびにベースを何dB下げるか」と「下げたベースを何ミリ秒で戻すか」という二つの問いにまとめて考えるほうが、迷いが少ないと感じている。

一つ目の「何dB譲るか」は、しきい値と比率の組み合わせで決まる。目安としては、比率を2:1から3:1あたりに置き、しきい値を下げていって、キックが鳴るたびにゲインリダクションのメーターが3〜6dBほど振れるところで止める。6dBあたりまでなら、ベースが下がったことを聴き手はほとんど意識しない。それ以上、たとえば8〜12dBまで深く沈めると、揺れそのものが耳に届くようになり、ここから先はポンピングという効果の領域に入っていく。ダンス系の曲で揺れを聴かせたいなら、比率を4:1から6:1に上げ、しきい値も深めに下げればよい。

二つ目の「どれだけで戻るか」は、アタックとリリースの話になる。アタックはキックが鳴ってからベースが下がり始めるまでの速さで、ここは0〜10ミリ秒とかなり速めにするのが基本だ。キックの頭の一瞬にベースが残っていると、肝心のアタックがベースに埋もれてしまう。いったん0ミリ秒まで下げておき、ベースの頭が不自然に欠けて聞こえるようなら少しずつ遅らせる、という順番が分かりやすいと思う。

リリースは、譲ったベースが元の音量に戻るまでの時間だ。交通整理として目立たせたくないなら、20〜75ミリ秒くらいの短めの値から始める。キックの「ドン」が鳴り終わったら、すぐにベースが戻ってくるイメージだ。逆に長くしすぎると、次のキックが来るまでベースが戻りきらず、低音全体が痩せたように聞こえる。短すぎる場合は、ベースの戻りが急すぎて「ブツッ」という小さな段差が聞こえることがあるので、そこは耳で確かめながら少しずつ伸ばしていく。

リリースはテンポから逆算できる

ポンピングをはっきり聴かせたい場合や、揺れを曲のノリに合わせたい場合は、リリースをテンポから計算しておくと決めやすい。四分音符一つ分の長さは、60,000をBPMで割ったミリ秒になる。

BPM四分音符八分音符十六分音符
90667ms333ms167ms
120500ms250ms125ms
128469ms234ms117ms
140429ms214ms107ms

四つ打ちでキックが四分音符ごとに鳴る曲なら、リリースを四分音符より短い値、たとえば八分音符分にしておくと、次のキックの前にベースが戻りきる。120BPMなら250ミリ秒前後だ。付点音符はこの1.5倍、三連符は3分の2倍で計算できる。ただし、コンプのリリースは「ここで完全に戻る」という時間ではなく、戻り始めてからの曲線の速さを表していることが多いので、計算値はあくまで出発点だと考えておきたい。最後はメーターの振れ方と耳で合わせる。

検出側にEQをかけると、反応する音を選べる

サイドチェインの設定で見落としやすいのが、検出側のEQ(サイドチェインEQ、サイドチェイン・フィルター)だ。多くのコンプには、検出回路に入る信号だけにフィルターをかける機能がある。ここでかけたEQは、実際に鳴っている音には一切影響しない。あくまで「コンプが何を聞いて反応するか」を選ぶためのものだ。

キックとベースの整理では、キックの単体トラックをサイドチェインに送るなら、検出側のEQはなくても困らないことが多い。役に立つのは、ドラムのバスやループ素材をまるごとサイドチェインに送るような場面だ。その場合はハイハットやスネアにまでコンプが反応してしまうので、検出側にローパスをかけて100〜200Hzより上を切っておくと、キックの低域だけを手がかりにベースを下げられる。

反対に、ハイパスを検出側にかける使い方もある。こちらはバスやマスターにかけたふつうのコンプで、キックやベースの低域に引きずられて全体が不自然に沈むのを防ぐためのものだ。同じ「サイドチェインEQ」でも、交通整理で使うときと、全体を自然にまとめたいときとでは、切る方向が逆になる。ここを取り違えると、設定をいくら詰めても思ったように動かないので、自分がいま何に反応させたいのかを先に決めておくとよい。

もう一つ、ルックアヘッドという機能を持つコンプもある。検出側の信号を数ミリ秒だけ先読みして、音が来る前に下げ始める機能で、アタックを0ミリ秒にしても間に合わないような鋭いキックで役に立つ。その代わりに処理の遅れが生じるので、DAWの遅延補正が効いているかは確かめておきたい。

主要なDAWでの配線のしかた

アナログのミキシングコンソールを斜めから写した写真。灰色のつまみに色付きのキャップが並び、奥にフェーダーとレベルメーターが光っている
ミキシングコンソールのつまみの列。DAWのサイドチェインは、この卓のセンドで信号を別の機材へ送る操作をソフトの中で行っているPhoto: Prof. Pod / CC BY-SA 4.0

サイドチェインの配線は、DAWによって入口の場所が違うものの、やっていることはどれも同じだ。ベースのトラックにコンプを挿し、そのコンプの検出側の入力に、キックの信号を届ける。届け方が「コンプの画面で送り元を選ぶ」形か、「キック側からセンドで送る」形かの違いがあるだけだと考えると分かりやすい。以下は、それぞれのDAWでの大まかな手順だ。

Ableton Live 12 では、ベースのトラックに標準の Compressor を置き、デバイスの左上にある三角のボタンでサイドチェインの欄を開く。サイドチェインを有効にして、「Audio From」でキックのトラックを選べば配線は終わりだ。同じ欄に EQ のボタンがあり、ここで検出側のフィルターを選べる。

Logic Pro では、ベースに挿した Compressor のプラグインウインドウ上部に「サイドチェーン」のメニューがあり、そこからキックのトラックを選ぶ。送り元を選ぶだけで済むので、手順としてはいちばん短い部類だと思う。

Cubase では、ベースに挿した Compressor の上部にあるサイドチェインのボタンを有効にしたうえで、キックのトラックのセンドから、そのコンプのサイドチェイン入力を選んで送る。送り元をコンプ側で選ぶのではなく、キック側から送り込む形になる。Fender Studio Pro(旧 Studio One)もこれに近く、コンプのサイドチェインを有効にしたうえで、キックのトラックからセンドで信号を送る。

FL Studio は少し考え方が違う。ミキサーでキックのチャンネルを選び、ベースのチャンネルの下にある矢印を右クリックして「Sidechain to this track」を選ぶ。こうしてキックの信号をベースのチャンネルへ届けたうえで、ベース側に Fruity Limiter を挿し、モードを COMP に切り替えて、サイドチェインの入力番号を指定する。手順は多めだが、一度やれば仕組みはすぐに飲み込めると思う。

どのDAWでも、うまく動かないときは、まずゲインリダクションのメーターがキックに合わせて振れているかを見る。振れていなければ配線の問題で、振れているのに効果が分かりにくければ、しきい値と比率の問題だ。この切り分けを先にしておくと、原因を探す時間がかなり短くなる。

コンプを使わない譲らせ方もある

スタンドに立てかけた銀色の4弦エレキベース。後ろに木製の家具と譜面台が見える
4弦のエレキベース。開放のE弦は約41Hzで、キックの中心とそのまま重なる高さにあるPhoto: Elmschrat / CC BY-SA 4.0

サイドチェイン・コンプは便利だが、キックとベースの整理を必ずコンプでやらなければならないわけではない。目的が「キックの瞬間だけベースを下げる」ことなら、ほかにもいくつかの道具とやり方がある。私は曲の性格によって使い分けていて、どれか一つが常に正解だとは思っていない。

一つ目は、音量の形を描いて決める専用のプラグインだ。Cableguys の VolumeShaper や Kickstart 2、Xfer Records の LFO Tool などがこの種類で、キックの位置に合わせて音量を下げる曲線を、あらかじめ描いておいたり、プリセットから選んだりする。コンプと違って、入ってくる音の大きさに左右されないので、毎回まったく同じ形で下がる。ポンピングを効果として聴かせたい曲では、こちらのほうが扱いやすいと感じることが多い。反面、キックのパターンが細かく変わる曲では、曲線を合わせ直す手間が増える。

二つ目は、帯域を限ってベースを下げるやり方だ。ダイナミックEQや、Wavesfactory の Trackspacer のような道具を使うと、キックが鳴った瞬間に、ベースの60〜80Hzあたりだけを下げることができる。ベースの中域から上、つまり音程感や弦のアタックはそのまま残るので、ベースの存在感を保ちながら低域だけを譲らせたいときに向いている。FabFilter の Pro-Q 4 も、帯域ごとのダイナミクスを外部のサイドチェイン信号で動かせる。

三つ目は、聞こえないキックを使うやり方で、ゴーストキックとも呼ばれる。キックのトラックを複製し、その出力をどこにも送らないようにしておき、この無音のトラックだけをサイドチェインの送り元にする。鳴っているキックの余韻が長すぎてベースの戻りが遅れるとき、キックの入っていないイントロやブレイクにも同じ揺れを残したいときに役に立つ。聞こえるキックと揺れのきっかけを別々に動かせるのが、このやり方のいちばんの利点だ。

そして四つ目は、そもそもぶつからないように作るやり方だ。キックとベースのどちらが最低域を受け持つかを決め、たとえばキックに40〜80Hz、ベースに80〜150Hzを任せるようにEQで住み分ける。キックの音程を曲のキーに合わせておく、ベースのフレーズをキックと同じタイミングで鳴らさないように組む、といった編曲の段階での工夫も、この仲間に入る。手間はかかるが、ここで整理がついていれば、サイドチェインは浅めの設定で十分になる。

浅く始めて、メーターと耳の両方で止める

ここまでの話をまとめると、キックとベースの交通整理としてサイドチェイン・コンプを使うなら、比率2:1から3:1、アタックは速め、リリースは短めから始め、ゲインリダクションが3〜6dBほど振れるところを探す、という流れになる。揺れを効果として聴かせたい曲なら、比率を上げ、しきい値を下げ、リリースをテンポから逆算した長さに合わせていく。

私がいちばん気をつけているのは、効かせすぎないことだ。サイドチェインは、かけた直後に低音がすっきりするので、つい深くしたくなる。けれど深くかけるほど、ベースの存在感そのものも少しずつ削られていく。設定を決めたら、一度サイドチェインをオフにして聴き比べ、オンに戻したときに「すっきりしたけれど、ベースが痩せてはいない」と感じられる位置で止めるようにしている。メーターの数値と耳の印象が両方そろったところが、その曲にとってのちょうどよい譲り方だと思う。

コンプの基本的な扱いや、EQとリバーブとの組み合わせについては、無料プラグイン3本でミックスはどこまで作れるか、EQ・コンプ・リバーブを1本ずつ選ぶと、ミックス独学の1か月、同じ曲でEQ・コンプ・リバーブを1週ずつにもまとめている。サイドチェインは、ふつうのコンプの使い方が手に馴染んでから触れると、つまみの意味がずっと分かりやすくなる。

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