脚付きの小さなガラス杯に、金の小さな紋章がひとつ。プロダクトデザインの世界で知らない人はいない柳宗理が手がけた「清酒グラス」を、隅々まで見ていく。
日本酒造組合中央会からの、ひとつの依頼

このグラスの出発点は、日本酒造組合中央会からの依頼だったという。「お燗も冷酒もこなせる、脚のついた杯がほしい」という、ずいぶん欲張りな注文だ。受けて立ったのが柳宗理で、金沢美術工芸大学で教えていた縁から、金沢の福光屋の福光博氏と協力しながら形を練っていった。
最終形にたどり着くまでにはおよそ2年かかったと伝えられている。柳宗理といえばバタフライスツールやステンレスのケトルのような、工業製品然とした佇まいの仕事で知られるが、この清酒グラスは「盃」という和の道具の記憶をきちんと踏まえた形にまとめてある。一目で「これは日本酒のための器だ」とわかる佇まいに落とし込むのに、それだけの時間が必要だったのだろう。
手のひらが決めた、あの丸み
見た目のいちばんの特徴は、丸く厚みを持たせた縁と、安定感のある高い脚だ。縁を厚くしたのは、日本酒を口に含んだときの当たりを柔らかくするためだと説明されている。脚の部分はただ持ちやすいだけでなく、卓に置いたときの座りの良さまで含めてデザインされているようで、実際に手に取ると、指の腹がすっと吸いつくような曲面になっているのがわかる。
装飾らしい装飾はほとんどなく、胴の途中に小さな金の紋章がひとつ添えられているだけ。この潔さが、半世紀以上たった今見てもまったく古びない理由だと思う。ミニマルなのに素っ気なくならないのは、削ぎ落とした形の中に「日本酒を飲むための道具」という機能がきちんと宿っているからだろう。
素材とつくり — ソーダガラス、東洋佐々木硝子の仕事
素材はソーダガラス。製造を手がけているのは、大阪発祥のガラスメーカー東洋佐々木硝子だ。手吹きの一点物ではなく工業製品として量産されているぶん、価格は驚くほど抑えられていて、店によっては1個500円を切ることもある。柳宗理のデザインらしく、美しさと日常使いのしやすさを両立させる方向に振り切った器だと感じる。
大小2サイズ、そして手入れの注意
このグラスには小(容量60ml前後)と大(容量110〜125ml前後、扱う店によって表記に多少の幅がある)の2サイズがあり、今回取り上げているのは大サイズにあたる。開発の過程では、当初中間的なサイズを作ったところ「お燗にはやや大きい」という声が出て、そこから小サイズが生まれたという経緯があるらしい。冷酒中心に楽しむなら大、お燗を意識するなら小、という選び方が本来の設計意図に近いのだろう。
手入れの面では、電子レンジ・オーブンには対応しておらず、食器洗浄機・乾燥機の使用も推奨されていない。中性洗剤とやわらかいスポンジでの手洗いが基本で、急激な温度変化(熱いものを注いだ直後に冷水にさらす、など)も避けたほうがいい。ガラスとしてはごく一般的な扱い方だが、値段が手頃だからといって雑に扱っていい器ではないと思う。
熱燗か、冷酒か
もともとの依頼は「お燗も冷酒もこなせる杯」だったが、現在の販売ページを見る限り、耐熱仕様をうたっている様子はなく、急な加熱は避けたほうが無難な器という位置づけになっている。個人的には、この形の良さがいちばん映えるのは冷酒だと感じる。厚みのある縁が口当たりをまろやかにしてくれるので、キリッと冷やした純米酒や吟醸酒を、脚を軽くつまむようにして飲むのが似合う。
価格と購入先 — 半世紀選手が今も現役

価格帯は小サイズで300円台、大サイズでも400〜500円程度からと、デザイナーズプロダクトとしては驚くほど手頃だ。MoMAデザインストアやD&DEPARTMENT、カリモク60のオフィシャルショップ、柳工業デザイン研究会の直販、地元の酒販店など、扱っている販路は幅広い。Amazonでも取り扱いがあり、単体からペア・セットまで見つかる。
生産中止になった様子はなく、発表から半世紀以上たった今もカタログに載り続けているロングセラーだ。デザイナーの名前で語られがちな器だが、実際の値段は缶チューハイ数本分ほどしかしない、というギャップも含めて面白い存在だと思う。
飾り気を削ぎ落としながら、日本酒という飲み物の輪郭だけはしっかり残す。そのバランス感覚こそが、このグラスが半世紀以上も棚から下ろされずにいる理由なのだろう。値段の手頃さも含めて、日々の晩酌に添える一客としてちょうどいい器だと思う。
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