マスターをどのくらいの音量で書き出すかは、毎回少し迷う。配信サービスは再生時に曲ごとの音量をそろえるので、大きく作っても下げられるだけだという話はよく聞く。では、どのくらい下げられて、そのとき何が失われるのか。数字で一度整理しておきたかった。

このメモでは、同じミックスを-8・-11・-14・-16 LUFSの4通りで書き出す前提を置き、その4本を主要な配信サービスの規則に当てはめたときに、再生音量とピークの高さがどうなるかを計算した。耳の印象ではなく、各サービスが公表している基準値と処理の仕組みから出る数字だけを並べている。聴いた感想はいくらでも揺れるが、計算はぶれないので、判断の土台にはこちらのほうが使いやすい。

LUFSとトゥルーピーク、先に押さえる2つの単位

テクニクスのオープンリールデッキに付いた左右2つのVUメーターと録音レベルのつまみ
針のメーターは平均的な音量を、LUFSは耳の感じ方に近い音量を測るPhoto: File:Technics RS-612US.jpg: Daniele Napolitano derivative work: Pittigrilli / CC BY-SA 2.0

計算に入る前に、出てくる単位を2つだけ確認しておく。ひとつはLUFSで、国際規格のITU-R BS.1770が定めた「人の耳が感じる音量」の測り方だ。信号をそのまま平均するのではなく、耳が鈍い低域を弱め、敏感な中高域をやや強める補正(Kウェイティング)をかけてから音量を出す。さらに、400ミリ秒ごとの区間で測ったうち、-70 LUFSを下回る無音に近い部分を捨て、残りの平均より10 LU以上小さい部分も捨てる。こうして曲の静かなイントロや曲間に引っぱられないようにした値が、曲全体の「インテグレーテッド・ラウドネス」になる。配信サービスが音量をそろえるときに使っているのは、この値だ。

LUFSは0 dBFS(デジタルで表せる最大値)を基準にした絶対的な値なので、数字はふつうマイナスになる。-8 LUFSの曲は-14 LUFSの曲より6 LU大きい、という言い方をする。LUは差を表す単位で、感覚的にはデシベルと同じように扱ってよい。

もうひとつはトゥルーピーク(dBTP)だ。デジタル音声は飛び飛びのサンプルでできていて、ふつうのピークメーターはそのサンプルの値しか見ていない。ところが再生時に波形を滑らかにつなぎ直すと、サンプルとサンプルのあいだで波形がサンプルの値より高く膨らむことがある。この「サンプル間ピーク」まで推定して測ったのがトゥルーピークで、サンプルのピークが-0.1 dBFSでも、トゥルーピークで測ると0を超えていることは珍しくない。配信サービスはアップロードされた音声をAACやOgg Vorbisなどの圧縮形式に変換するので、その過程でもピークは少し持ち上がる。マスターのトゥルーピークに余裕を残せと言われるのはこのためだ。

4本の書き出しを、こういう条件で用意する

条件をそろえないと比較にならないので、元になるミックスの数値を先に決めておく。リミッターもマキシマイザーも挿していない素のミックスが、インテグレーテッドで-16 LUFS、トゥルーピークが-2 dBTPだったとする。ピークと平均音量の差(PLR、ピーク・トゥ・ラウドネス比)は14 dBで、打ち込みと生楽器が混ざったポップスなら、素の状態としてはありそうな値だと思う。

ここから、マスターのリミッターでゲインを上げて4本を作る。Spotifyは-14 LUFSより大きいマスターについて、トゥルーピークを-2 dBTP以下に収めるよう勧めているので、-11と-8の2本は天井を-2 dBTPにした。

書き出しゲインリミッターの天井ピークの削り量(目安)PLR
A:-16 LUFS0 dBなし0 dB14 dB
B:-14 LUFS+2 dB-1 dBTP約1 dB13 dB
C:-11 LUFS+5 dB-2 dBTP約5 dB9 dB
D:-8 LUFS+8 dB-2 dBTP約8 dB6 dB

ゲインを8 dB上げてピークを-2 dBTPで止めるということは、本来なら+6 dBTPまで伸びていたピークを8 dBぶん押しつぶすということだ。実際のリミッターは削った分だけ平均音量もわずかに変わるので、ここまできれいな数字にはならない。それでも、どの書き出しでどれだけピークを削ったかの大小関係は崩れないので、比較の材料としてはこれで足りる。

Spotifyは上げ下げの両方をやる、ただし上げるときは慎重

ラックに収まった放送用機材の最下段に並ぶ、ドーロウ社のラウドネスモニター2台
放送の世界では昔から、ピークとは別に「聞こえ方の音量」を監視してきたPhoto: Fabrice Florin / CC BY-SA 2.0

Spotifyのアプリには音量レベルの設定が3段階あり、標準が-14 LUFS、大が-11 LUFS、小が-19 LUFSになっている。初期設定は標準だ。基準より大きい曲は下げ、小さい曲は上げる。ただし上げる場合は、トゥルーピークが-1 dBを超えない範囲までしか上げない。圧縮変換のために1 dBの余裕を残す、という考え方だ。設定「大」のときだけは例外で、ピークの余裕に関係なく-11 LUFSまで上げ、代わりにリミッターをかける。このリミッターは-1 dB(サンプル値)で効き始め、アタック5ミリ秒、リリース100ミリ秒と公表されている。なお、ウェブプレーヤーとテレビやスピーカーなどの外部機器では、この補正は効かない。

アルバムを通して再生しているときはアルバム単位で、シャッフルやプレイリストでは曲単位で補正がかかる。アルバムの中で静かな曲が静かなまま残るのは、この仕組みのおかげだ。

4本を当てはめると、次のようになる。

書き出し標準(-14)の補正再生音量大(-11)の補正再生音量
A:-16 LUFS+1 dB(ピーク制限で止まる)-15 LUFS+5 dB、リミッターが約4 dB-11 LUFS
B:-14 LUFS0 dB-14 LUFS+3 dB、リミッターが約3 dB-11 LUFS
C:-11 LUFS-3 dB-14 LUFS0 dB-11 LUFS
D:-8 LUFS-6 dB-14 LUFS-3 dB-11 LUFS

標準の設定で聴く人にとっては、B・C・Dの3本はまったく同じ音量で鳴る。違うのはピークの高さだ。Bはピークが-1 dBTPまで届くのに対し、Dは6 dB下げられたあとのピークが-8 dBTPで止まっている。同じ音量で並べると、Dは打楽器の頭が7 dB低い状態で鳴ることになる。音圧を稼いだつもりの書き出しが、配信の上ではアタックの小さい書き出しとして扱われる、というのがこの表のいちばん大事なところだと思う。

Aは少し事情が違う。素のミックスのピークが-2 dBTPなので、-1 dBまでの余裕は1 dBしかない。そのため1 dBしか上がらず、-15 LUFSで止まる。標準設定ではほかの3本より1 dB小さく鳴るが、差としてはごく小さい。一方、設定「大」で聴く人には、AとBはSpotify側のリミッターを通った音で届く。自分で選んだリミッターではなく、配信側の決まった設定で潰されるのは、少し落ち着かない。

YouTubeとTIDALは下げるだけ、Apple Musicは-16にそろえる

定規の上に並べた小型のアナログレベルメーター2個。目盛りは-20から+5まで
0の右側の赤い領域に入れないことは、アナログでもデジタルでも変わらないPhoto: Retired electrician / CC0

YouTubeの基準はおよそ-14 LUFSで、基準より大きい動画の音量を下げるだけで、小さい動画を持ち上げることはしない。動画の上で右クリックして「詳細統計情報」を開くと、「content loudness」という項目にdB単位の数字が出る。プラスならその分だけ下げられていて、マイナスなら基準より小さいまま、何もされずに再生されている。基準値は公式には発表されておらず、-14という数字も外から測って分かったものだ。同じ会社のYouTube Musicは基準が別だという報告もあるので、ここでは動画のほうのYouTubeだけを扱う。

TIDALも-14 LUFSを基準にし、こちらも下げる方向だけで、持ち上げはしない。特徴はアルバム単位の補正を標準にしていることで、アルバムの中でいちばん大きい曲を-14 LUFSに合わせ、ほかの曲はその比率のまま下げる。シングル1曲なら曲単位と同じ結果になる。

Apple Musicは「サウンドチェック」という機能で音量をそろえていて、2022年に計測方法をLUFSに切り替えたときから、基準は-16 LUFSになっている。新しいiPhoneやMacでは初めから有効だ。大きい曲を下げるだけでなく、小さい曲を持ち上げることもする。

書き出しYouTube(-14)TIDAL(-14)Apple Music(-16)
A:-16 LUFS補正なし、-16 LUFS補正なし、-16 LUFS0 dB、-16 LUFS
B:-14 LUFS補正なし、-14 LUFS補正なし、-14 LUFS-2 dB、-16 LUFS
C:-11 LUFS-3 dB、-14 LUFS-3 dB、-14 LUFS-5 dB、-16 LUFS
D:-8 LUFS-6 dB、-14 LUFS-6 dB、-14 LUFS-8 dB、-16 LUFS

YouTubeとTIDALで、Aだけがほかより2 dB小さく鳴る。持ち上げてもらえないからだ。2 dBは、並べて聴けば分かる差だと思う。逆にApple Musicでは4本すべてが-16 LUFSにそろい、Aだけが何も手を加えられずに届く。基準が一段低いぶん、Dは8 dBも下げられ、ピークは-10 dBTPまで落ちる。Bとのピークの差は、ここでも7 dBのままだ。

Amazon Musicは基準値を公式には数字で出していない。計測した人たちの報告ではおおむね-14 LUFS前後で、大きい曲を下げる補正が初期状態で有効になっているとされる。計算上はYouTubeやTIDALの列と近い結果になるはずだが、公表された規則ではないので、ここでは表から外した。

-14 LUFSに合わせるのが正解、とまでは言えない

薄暗いマスタリングルームに置かれた、色とりどりのつまみが並ぶ専用コンソールと周辺機材
JVCマスタリングセンターのマスタリング卓。最終的な音量はここで決まるPhoto: JacoTen from Tokyo, Japan / CC BY-SA 2.0

表を並べてみると、いくつかのことがはっきりする。まず、-14 LUFSより大きく書き出した分は、どのサービスでも標準設定では下げられる。下げられたあとに残るのは、ピークを削った跡だけだ。Dの-8 LUFSは、標準設定のSpotify・YouTube・TIDALでBと同じ音量になり、Apple MusicでもBと同じ-16 LUFSになる。そのうえで、どの場合もピークはBより7 dB低い。大きく作ることで得をする場面は、ノーマライズを切って聴いている人と、Spotifyの「大」の設定で聴いている人くらいしか残らない。

一方で、-14 LUFSちょうどに合わせれば安心かというと、そうとも言い切れない。Apple Musicでは2 dB下げられるし、Spotifyの「大」ではリミッターが3 dBほど働く。-16 LUFSのAは、ピークの余裕が少ないせいでSpotifyでは1 dB足りず、YouTubeとTIDALでは2 dB小さいまま鳴る。どの数字を選んでも、どこかのサービスで何かしらの補正を受ける。全部のサービスで無補正になる書き出しは存在しない。

だから、目標値を一つに決めて追いかけるより、ピークの余裕をどれだけ残すかを先に決めるほうが筋がいいと思う。トゥルーピークを-1 dBTP以下、-14より大きくするなら-2 dBTP以下に収める。そのうえでLUFSは、曲が必要とするダイナミクスから逆算する。静かなバラードを-14まで持ち上げるためにピークを潰すくらいなら、-16で出して、YouTubeで2 dB小さく鳴ることを受け入れたほうが、曲としては得をする場面が多いはずだ。反対に、もともとピークの少ない電子音楽なら、-11あたりまで上げてもPLRはさほど痩せない。

書き出したあとに確かめる手順

最後に、計算と現実がずれていないかを確かめるための手順を書き残しておく。まず書き出したファイルを、BS.1770に沿ったラウドネスメーターに通し、インテグレーテッド・ラウドネスとトゥルーピーク、それにPLRかラウドネスレンジ(LRA)を控える。サンプルピークしか出ないメーターでは、トゥルーピークの確認にならないので注意したい。

次に、DAWの上で4本のファイルを並べ、それぞれのゲインを手で調整して-14 LUFSにそろえる。これは配信サービスの補正をそのまま再現したことになる。この状態で切り替えながら聴くと、音量の差という分かりやすい手がかりが消えるので、アタックの違いや低域の締まり方だけに耳が向く。大きい書き出しのほうが良く聞こえていたのが、音量のせいだったのかどうかが、ここではっきりする。

公開後はYouTubeの詳細統計情報で「content loudness」を見ておくと、自分のメーターの数字と配信側の判定がどのくらいずれているかが分かる。プラスの値が大きければ、その分は配信先で捨てられている音圧ということになる。一度ここまでやっておけば、次の曲から書き出しの音量で迷う時間はずいぶん短くなると思う。

同じ一曲を題材にして処理を一つずつ比べる進め方は、ミックス独学の1か月、同じ曲でEQ・コンプ・リバーブを1週ずつでも書いた。書き出しの比較も、それと同じ考え方の延長にある。

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