夜が冷えてくると、燗をつける回数が増えてくる。徳利を湯に沈めて待つやり方はのんびりしていて好きなのだが、1合がほどよい温度になるまで、思ったより時間がかかる。そのあいだに湯がぬるくなり、結局もう一度沸かし直すこともある。

そこで手に取りたくなるのが、錫(すず)のちろりだ。ちろりは、注ぎ口と持ち手の付いた筒形の金属の器で、酒を入れて湯に浸け、燗をつけるためだけに作られた道具になる。素材にはいくつかあるが、昔から好まれてきたのが錫だった。この記事では、錫という金属がどう熱を通すのかを数字で確かめたうえで、湯煎の温度と上がり方の目安、大阪で受け継がれてきた錫器の歩み、「酒がまろやかになる」という言い伝え、そして手入れの注意までを順に書いていく。燗の温度ごとの呼び名や、ちろりという道具そのものの成り立ちは別の記事でも触れているので、ここでは「錫で燗をつける」ことに絞りたい。


錫という金属、柔らかくて重い

刻印の入った古い錫のインゴット
英国コーンウォールの鉱山遺産施設に展示された錫のインゴット。器になる前の錫は、こうした塊で取引されてきたPhoto: Ashley Dace / CC BY-SA 2.0

錫は、銀白色をした柔らかい金属だ。融点は約232℃と金属のなかではかなり低く、家庭のガスの火でも溶けてしまう。そのかわり、低い温度で溶かして型に流し込めるので、古くから器づくりに使われてきた。日本には奈良時代までに大陸から伝わったとされ、正倉院にも錫で作られた品が残っている。

手に持つと、見た目よりずっと重い。錫の密度は1立方センチあたり約7.3グラムで、アルミニウムのおよそ2.7倍にあたる。小ぶりなちろりでも、持ち上げるとしっかりとした手応えがある。爪を立てると跡が付くほど柔らかく、純度の高い錫の板は手で曲げられる。富山の能作が「曲がる酒器」として錫を売り出しているのも、この性質を生かしたものだ。

もう一つ大事なのは、錫が錆びにくく、酒や水に溶け出しにくい金属だということだ。鉄のように赤錆が出ることはなく、銅のように緑青が浮くこともない。食器や缶詰の内側のめっきに錫が使われてきたのも、そのためだ。ただし昔の西洋の「ピューター」と呼ばれる錫の合金には、鉛が混ぜられていたものがある。いま日本で酒器として売られている錫器は、鉛を含まない錫を主体にしたもので、大阪浪華錫器では錫の純度を97%以上と定めている。

熱を渡す速さを、数字で見る

籐を巻いた持ち手のちろりと、火を入れる筒が一体になった金属製の燗の器
右の筒に酒を入れ、左の筒の下の口から熱源を入れて温める金属製の燗の器。右側の筒がちろりの役目をするPhoto: Kurakurakid / CC BY-SA 4.0

錫のちろりで燗をつけると早い、とよく言われる。これは感覚の話ではなく、素材の数字にはっきり表れている。熱の伝わりやすさを表す熱伝導率で比べると、錫はおよそ67 W/(m・K)。陶磁器は1.5前後、ガラスは1前後なので、錫は陶器の40倍以上、ガラスの60倍以上の速さで熱を通すことになる。ちなみに銅は約400、アルミニウムは約237、ステンレスは約16で、錫はステンレスより速く、銅やアルミよりは穏やかという、ちょうど中ほどに位置している。

もう一つ見ておきたいのが、器そのものが熱を抱え込む量だ。錫の比熱は1グラムあたり約0.23ジュールで、陶器の0.8前後にくらべてかなり小さい。たとえば重さ300グラムの錫のちろりなら、1℃温めるのに必要な熱は約70ジュール。同じくらいの重さの陶器の徳利だと、その3倍以上の熱を器自身に取られる。中に入れた1合(180ml)の酒は、1℃上げるのに700ジュールほどを必要とするので、陶器の徳利では湯の熱のかなりの部分がまず器を温めるのに使われ、そのうえ壁が熱をゆっくりとしか通さない。錫のちろりは、壁が熱を素早く通し、しかも器自身はあまり熱を取らない。湯の熱が、ほとんどまっすぐ酒に向かう。

形にも理由がある。ちろりは細長い筒形で、湯に深く沈めると、酒の大部分が湯に接する壁の近くに来る。口のすぼまった徳利よりも、中の酒が対流で混ざりやすく、上下の温度差も小さくなりやすい。熱を速く通す素材と、湯に浸かる面を広く取る形の組み合わせが、ちろりの速さを作っていると思う。

この速さには裏返しもある。温まるのが速いということは、湯から上げたあと冷めるのも速いということだ。錫のちろりは、湯から出すと外側から熱がどんどん逃げていく。ちろりはあくまで燗をつけるための道具で、つけた酒は早めに盃や温めておいた徳利に移すのがいい。

湯煎の温度と、1合が温まるまで

錫のちろりで燗をつける手順は、徳利の湯煎とほとんど同じだ。違うのは、待つ時間が短くなることと、そのぶん目を離せなくなることくらいだと思う。

まず鍋に、ちろりの酒の高さより少し上まで浸かるだけの湯を沸かす。沸騰したら火を止め、少し置いて80℃前後に落ち着かせる。沸騰した湯にいきなり浸けても割れる心配はないが、温度が上がりすぎて、ねらった燗を通り越しやすい。ちろりには酒を八分目ほど入れておく。満杯にすると、温まって膨らんだ酒が注ぎ口からあふれることがある。

湯に浸けたら、1合で1分半から2分ほどが目安になる。人肌燗の35℃前後なら1分ほど、ぬる燗の40℃前後なら1分半ほど、上燗の45℃前後から熱燗の50℃前後なら2分前後。陶器の徳利で3分から4分ほどかかるところが、だいたい半分で済むという感覚でいい。ただ、湯の温度や量、ちろりの厚みで時間はかなり変わるので、最初の何回かは料理用の温度計を酒に差して確かめるのがいちばん確実だ。

もう一つ覚えておきたいのは、湯から上げた直後は、壁の近くの酒ほど熱く、真ん中の酒はまだ少しぬるいことだ。ちろりを軽く揺すって中をなじませると温度がそろう。上がり方が速いぶん、ねらった温度の少し手前で引き上げて揺するくらいが、ちょうどよく止まりやすい。目安にするなら、持ち手を持ったまま、ちろりの胴を指で軽く触ってみる。熱いと感じたら熱燗の手前、温かいと感じる程度ならぬる燗くらいだ。

2本目、3本目と続けるなら、湯が冷めていないかを気にかけたい。ちろりは湯の熱を素早く奪うので、何本か燗をつけると湯の温度が目に見えて下がる。弱火にかけたままにするか、沸かした湯を足しながら使うと、毎回の上がり方がそろう。

大阪の錫器、江戸から続く手仕事

昭和初期の大阪・心斎橋の角に建つ瓦屋根の商店の店構え
昭和10年(1935年)の写真集『寫眞心齋橋』に載った錫半本店の店構えPhoto: 心斎橋新聞社 / Public domain

江戸時代、大阪は錫器づくりの中心地の一つだった。延宝7年(1679年)に刊行された大阪の案内書『難波雀』には、すでに錫の器を作る職人の記録がある。正徳4年(1714年)には心斎橋に錫器の店「錫半(すずはん)」が開き、その後、心斎橋の周りには錫を扱う職人や店が集まっていった。写真は昭和10年ごろの錫半本店の姿で、この店は長く心斎橋で商いを続けたのち、1996年に暖簾を下ろしている。酒器のほかに、茶葉を湿気から守る茶壺や茶入れ、神社やお寺で使う神具や仏具など、錫はさまざまな器に姿を変えてきた。

その流れをくむ「大阪浪華錫器」は、1983年に国の伝統的工芸品に指定されている。いまその技を受け継ぐ代表的な作り手が、大阪市東住吉区の大阪錫器だ。1949年に、それまで別々に営んでいた錫の職人たちが集まって会社を作り、鋳造から仕上げまでを手作業で続けている。

作り方は、溶かした錫を型に流し込む鋳造から始まる。型から抜いた器の素地をろくろに取り付け、刃物を当てて回しながら削り、厚みや形を整えていく。この「ろくろ挽き」が大阪の錫器の要で、薄く均一に挽いた壁が、先に書いた熱の通りの良さにもつながっている。表面には、鏡のように磨いた仕上げのほか、槌で細かく打った槌目や、梨の皮のようなざらつきを付けた仕上げもある。

大阪錫器では、ちろりに「千呂利」という字を当てている。肩の丸い170mlほどの小ぶりなものから、360mlほどの2合入りまで形も大きさもいくつかあり、籐を巻いた持ち手を付けたものも多い。価格は1万円台半ばから2万円台が中心だ。決して安い道具ではないが、割れる心配がほとんどなく、手入れをすれば何十年も使えることを考えると、長く付き合う一本として選ぶ価値はあると思う。

錫は酒をまろやかにする、という言い伝え

縦に溝の入った、蓋付きの錫の壺
17〜19世紀の日本で作られた錫の蓋付き壺。茶葉などを湿気から守る保存容器として、錫はよく使われたImage: Cleveland Museum of Art / CC0

錫の酒器には、必ずと言っていいほどついて回る話がある。「錫の器に入れると、酒の雑味が取れてまろやかになる」というものだ。錫のイオンが酒の雑味を和らげる、水を浄化する、という説明が添えられていることも多い。古くから神前に供える酒を錫の器に入れてきたことも、こうした言い伝えを後押ししているのだと思う。

ただ、これは正直に書いておきたいのだが、この「まろやかになる」という働きには、私の知るかぎり、はっきりした裏付けが示されていない。錫は酒や水にほとんど溶け出さない金属で、だからこそ安心して酒器に使えるのだが、溶け出さないものが酒の味を化学的に変えるとは考えにくい。

それでも、錫の器で飲む酒が柔らかく感じられることは、私も否定しない。理由として考えられるのは、むしろ温度のほうだと思う。錫のちろりは燗が速くつき、器の中の温度がそろいやすい。燗のつけすぎで香りが飛んだり、上だけ熱く下がぬるかったりすることが少ないので、結果として口当たりが整った酒になる。もう一つは、器の重さと手触りだ。ひんやりと重い錫の盃に口を付けると、それだけで酒がゆっくり喉を通っていく。味そのものより、飲むときの体験が「まろやか」という言葉になっているのではないかと、私は受け取っている。

錫の壺が茶葉の保存に重宝されたのは、こちらははっきりした理由がある。錫は湿気や匂いを通さず、蓋をぴたりと合わせやすい。茶葉の香りを守る容器として、江戸の茶人にも好まれた。錫の器のよさは、何かを足すことより、中身を変えずに守ることにあるのだと思う。

手入れと、やってはいけないこと

錫のちろりの手入れは、むずかしくない。使い終わったら、ぬるま湯と中性洗剤、柔らかいスポンジで洗い、すぐに乾いた布で水気を拭き取る。研磨剤入りのスポンジや金属たわしは表面に傷が付くので使わない。食器洗い機も、ほかの食器とぶつかって傷やへこみができやすいので避けたほうがいい。

気をつけたいのは、いくつかの「やってはいけないこと」だ。

いちばん大事なのは、直火にかけないことだ。錫の融点は約232℃で、ガスの火に直接かけると、中身が少ないときほど底がすぐに熱くなり、溶けたり変形したりする。燗はかならず湯煎でつける。電子レンジも、金属の器なので使えない。冷凍庫での保存も避ける。錫には、低い温度に長く置かれると灰色のもろい状態に変わってしまう性質があり、家庭の室内で心配することはまずないが、冷凍庫は避けておくのが無難だ。

柔らかい金属なので、落とすとへこむ。割れることはないが、硬い床に落とすと口や底の形がゆがむことがある。小さなへこみなら作り手に相談すれば直してもらえることも多く、これも陶器やガラスにはない錫器のよさだと思う。

使い込むうちに、表面の輝きは少しずつ落ち着き、やや黒ずんだ色合いに変わっていく。これは表面がわずかに酸化したもので、体に害はない。私はこの落ち着いた色も錫器の味わいだと思っているが、気になるなら柔らかい布で磨けば、ある程度は光沢が戻る。酢やレモン汁のような酸の強いものを長く入れておくと変色しやすいので、ちろりには酒と水だけを入れる、と決めておくと迷わない。

まとめ

項目内容
錫の性質融点約232℃、密度約7.3g/cm³。柔らかく錆びにくく、酒や水に溶け出しにくい
熱の通り熱伝導率は約67で、陶器の40倍以上、ガラスの60倍以上。比熱が小さく器が熱を取りにくい
湯煎の目安80℃前後の湯に浸けて、1合で1分半〜2分。少し手前で引き上げ、軽く揺すって温度をそろえる
冷めやすさ湯から出すと冷めるのも速い。燗をつけたら早めに盃や温めた徳利へ移す
大阪浪華錫器1983年に伝統的工芸品に指定。錫の純度97%以上。鋳造とろくろ挽きで作る
手入れ中性洗剤と柔らかいスポンジで洗い、すぐ拭く。直火・電子レンジ・冷凍庫は避ける

錫のちろりは、燗をつけるという一つの仕事のために、素材と形を突き詰めた道具だと思う。熱を速く通す金属で、湯に深く浸かる筒形に作られているから、1合の燗が徳利の半分ほどの時間でつく。そのぶん、湯から上げるタイミングに少し気を配る必要があるが、慣れてしまえば、ねらった温度にぴたりと止める楽しさのほうが大きくなる。

「まろやかになる」という言い伝えについては、私は錫の不思議な力というより、燗の温度を整えやすい道具の性格が生んだ評判だと考えている。それでも、重く冷たい錫を手に取り、湯気の立つ鍋に沈めて、胴を指で触りながら引き上げどきを待つ時間は、ほかの器ではなかなか味わえない。冬のあいだ、一本のちろりで燗の温度を少しずつ変えながら、好みのところを探していくのは、なかなか楽しい付き合い方だと思う。

大阪錫器の千呂利は、Amazonでも扱いがある。初めての一本なら、1合から1.5合ほどの容量で、持ち手が熱くなりにくい籐巻きのものを選ぶと扱いやすい。


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