びんのサイダーはなぜ懐かしい味がするのか。三ツ矢・有馬・養老など5本の甘さと香りを比べる

温泉街の売店や古い食堂の冷蔵ケースで、王冠をかぶった透明なびんのサイダーを見かけると、つい手が伸びる。ペットボトルのサイダーと中身はそれほど変わらないはずなのに、びんで飲むと「昔の味がする」と感じる人は多いと思う。 その懐かしさは、思い出補正だけでできているわけではない。甘味料に砂糖を使うか果糖ぶどう糖液糖を使うか、酸味をどこまで立てるか、香料で何の果物を思わせるか。サイダーの味はこの3つの組み合わせでほぼ決まり、昔ながらの銘柄ほど組み立てが単純で、そのぶん輪郭がはっきりしている。 ここでは、びんで売られている5本を並べて、どの部分が「懐かしさ」を作っているのかを整理する。取り上げるのは、三ツ矢サイダー、ありまサイダー てっぽう水、養老サイダー、奥能登のしおサイダー、片浦レモンサイダーの5本だ。評価は、炭酸の強さ・香りの個性・甘さの軽さ・土地の物語・手に入れやすさの5つの軸で整理した。 先に結論、5本の産地と中身を表にする まず5本の産地、容器、甘味料、100mlあたりの成分を並べておく。成分は各社や販売元が公表している値を使い、公表値を確認できなかったものは「表示を確認できず」と書き分けている。 銘柄 産地 容器と内容量 甘味料 エネルギー(100mlあたり) 炭水化物(100mlあたり) 三ツ矢サイダー 兵庫県川西市が発祥 王冠のリターナブルびん 200ml(飲食店向け) 果糖ぶどう糖液糖が中心 42kcal 11g ありまサイダー てっぽう水 兵庫県神戸市 有馬温泉 王冠のびん 330ml 砂糖 表示を確認できず 表示を確認できず 養老サイダー 岐阜県養老町 王冠のびん 330ml グラニュー糖 表示を確認できず 表示を確認できず 奥能登 しおサイダー 石川県珠洲市 ねじ蓋のびん 340ml 北海道産の砂糖 33kcal 8.2g 片浦レモンサイダー 神奈川県小田原市 王冠のびん 330ml 表示を確認できず 表示を確認できず 表示を確認できず 表から読み取れる結論は2つある。ひとつは、地方のびんサイダーの多くが甘味料に砂糖を選んでいること。もうひとつは、成分の差よりも、酸味と香りの組み立てに銘柄ごとの個性が出ていることだ。カロリーを公表している2本で比べても、しおサイダーは三ツ矢サイダーより100mlあたり9kcal低く、甘さを控えた設計になっている。 サイダーという名前は、りんごのお酒から透明な甘い炭酸へ移った サイダーという言葉の元は、フランス語のシードル、英語のサイダーで、どちらも本来はりんごを発酵させたお酒を指す。ところが日本では、明治のはじめに横浜の外国人居留地で売られた「シャンペンサイダー」という甘い炭酸飲料が広まり、サイダーは「無色透明で甘い炭酸飲料」の名前として定着した。りんごとは関係のない、レモンやライムを思わせる香りの飲み物をサイダーと呼ぶのは、日本独自の使い方だ。 ラムネとサイダーの違いもよく聞かれるが、中身の分類としてはどちらも同じ炭酸飲料で、違いは容器にある。ビー玉で栓をするびんに入っていればラムネ、王冠や後のねじ蓋で栓をするびんに入っていればサイダー、というのが大まかな線引きだ。王冠は、アメリカのウィリアム・ペインターが1892年に特許を取った栓だ。いまの王冠は、ふちに21のひだがあり、これがびんの口をつかんで、裏のパッキンで炭酸ガスを閉じ込める。 王冠のびんは、一度開けると閉め直せない。そのかわり、ガラスは炭酸ガスをほとんど通さないので、開けるまでは長く炭酸を保てる。ペットボトルはわずかずつガスを通すため、同じ中身でも、長く置いたときの炭酸の残り方ではびんが有利になる。びんのサイダーが「シュワッと強い」と感じやすい理由のひとつは、この容器の性質にある。 懐かしさの正体を、甘味料・酸味・香料の3つに分けて見る 昔ながらのサイダーの味を分解すると、甘味料、酸味料、香料の3つに行き着く。原材料表示に並ぶのは、たいていこの3つと炭酸だけだ。 甘味料は、砂糖と果糖ぶどう糖液糖のどちらを使うかで印象が変わる。砂糖(しょ糖(sucrose))は、温度による甘さの変化が小さく、すっきりとした丸い甘さになる。果糖ぶどう糖液糖は、主成分の果糖(fructose)が冷えるほど甘く感じられる性質を持つので、よく冷やしたときにキレのある甘さが出る。大量生産の清涼飲料では、コストと溶けやすさから果糖ぶどう糖液糖が広く使われている。地方のびんサイダーが砂糖を選ぶのは、昔の作り方を受け継いでいることに加え、この丸い甘さを残したいからだと考えられる。 酸味料は、クエン酸(citric acid)が中心になる。甘さに対して酸味が強いほど後味は軽くなり、弱いほど甘さが口に残る。サイダーの「さっぱり感」は、炭酸だけでなく、この甘さと酸味の比率で決まっている。 香料は、レモンやライムを思わせる柑橘の香りが基本だ。銘柄ごとに配合は公表されていないが、香りが控えめなほど「水に近い透明な味」になり、香りが強いほど果物の印象がはっきりする。 ここに、銘柄によっては4つ目の要素が加わる。しおサイダーの塩や、片浦レモンサイダーのレモン果汁のように、その土地の素材を少量加えることで、同じサイダーの骨組みのまま、まったく違う後味を作り出している。 三ツ矢サイダー、鉱泉水から始まった140年の基準点 冷蔵ケースに並ぶ三ツ矢サイダーのびん。三本の矢羽根のマークがガラスに直接刷られているPhoto: Koichiro Yoshida / CC BY-SA 2.0 1本目は、比べる基準として三ツ矢サイダーを置く。始まりは1884年、兵庫県の多田村平野(いまの川西市)で湧いていた天然の炭酸鉱泉を「平野水」として売り出したことにさかのぼる。1907年に香料と甘味を加えた「三ツ矢印平野シャンペンサイダー」が登場し、1968年にいまの三ツ矢サイダーという名前になった。2024年には、平野水から数えて140年を迎えている。 ...

2026年11月4日 · 2 分 · 248 文字 · kingsworksub-jpg