廣田硝子のちろりで燗をつける、大正の灯りを写した耐熱ガラス
「ちろり」と聞いてすぐに形が思い浮かぶ人は、今どれくらいいるだろうか。本来は錫や銅で作られた、湯煎で燗をつけるための酒器の名前だ。その金属の道具を、東京・墨田区のガラスメーカー廣田硝子がハンドメイドのガラスで作り直したのが今回見ていく一本になる。 そもそも「ちろり」とは何なのか 廣田硝子 ちろり 青 中子付きAmazonで見る → ちろりは江戸時代後期に登場したとされる酒器で、円筒形の器にコの字形の持ち手が付いた独特の形をしている。役割は燗徳利とは少し違っていて、酒を直接火にかけるのではなく、お湯を張った鍋に浸けて湯煎で温めるための道具だ。金属製ならではの熱伝導の良さを活かして、短時間でむらなく燗をつけられるのが本来の使い方になる。 名前の由来は諸説あって、地炉裏(いろり)に埋めて温めたからという説、短時間で燗がつくことから「ちろり」と呼ばれるようになった説、注ぎ口から酒が落ちる音に由来する説などが並んでいる。どれが正解かは決め手に欠けるが、燗酒文化とともに古くから使われてきた道具であることは間違いない。 金属の道具を、あえてガラスで作る 廣田硝子のちろりが面白いのは、本来は不透明な金属だった道具を、透明なガラスに置き換えている点だ。中身の温度が変わっていく様子も、酒の色も、外から丸見えになる。実用の道具としての機能はそのままに、鑑賞の楽しみを足しているという意味で、単なる素材変更以上の再解釈だと思う。 このデザイン自体は1980年に廣田硝子の社内デザイナーが手がけたもので、40年以上ほとんど形を変えずに作り続けられているロングセラーだという。流行り廃りの早い食器の世界で、これだけ長く同じ形が支持され続けているのは単純にすごいことだと思う。 「中子」という発想 — 一本で燗も冷やもこなす このちろりの構造で一番おもしろいのが、内側に入れる「中子」という取り外し可能なパーツだ。冷酒で飲みたいときはこの中子に氷を入れてちろり本体にセットする。氷が酒に直接触れないので、薄まる心配をせずに冷やせる仕組みになっている。逆に燗をつけたいときは中子を外し、ちろり本体をそのままお湯に浸けて湯煎する。 つまり同じ一本のガラスで、季節や気分に応じて燗にも冷やにも対応できるということになる。本体は耐熱ガラス製、中子側はソーダガラス製と素材を使い分けていて、持ち手や蓋まわりには銀メッキを施した真鍮が使われている。ガラスと金属、質感の違う素材が組み合わさっているぶん、テーブルに置いたときの表情も豊かだ。 扱い方の注意点 耐熱ガラスとはいえ、直火にかけて温める使い方は想定されていない。あくまで湯煎が基本で、いきなり火であぶるような使い方は避けたほうがいい。食洗機についても対応をうたっていないので、手洗いでのお手入れが安心だと思う。多少手間はかかるが、ガラスと真鍮の組み合わせという凝った作りを考えれば、そのくらいの気遣いは自然なことに感じる。 廣田硝子という会社 — 1899年創業、江戸硝子の担い手 廣田硝子 ちろり 青 中子付きAmazonで見る → 廣田硝子の創業は1899年(明治32年)。新潟出身の初代・廣田金太が東京でガラス商を始めたのがルーツで、1915年には墨田区にあたる本所区にガラス工場を構え、ランプのほや作りからものづくりを広げていった。関東大震災、東京大空襲と二度の大きな被災を経ながらも復興し、1950年に廣田硝子株式会社として現在の体制になったという歴史を持つ、東京でも指折りの老舗ガラスメーカーだ。 代表的なラインには、大正時代の乳白ガラスを復刻した「大正浪漫硝子」や、江戸切子の技術を受け継ぐシリーズなどがある。効率よりも職人の手仕事を優先するものづくりを掲げていて、このちろりもその方針の延長線上にある一本という位置づけだと思う。 価格帯について この「青・中子付き」モデルはAmazonで38,500円という価格になっている。廣田硝子のちろりシリーズの中では、透明ガラスの基本モデルが2万円前後からラインナップされているので、色ガラスを使ったこのモデルはシリーズの中でも中〜上位の価格帯に位置する。色ガラスは透明ガラスより成形や発色の管理に手間がかかるぶん、価格に反映されている面があるのだろうと思う。派手な値付けというより、手仕事の工程を積み上げた結果としての価格という印象を受けた。 生産終了の兆候は見当たらず、公式サイトや複数の正規取扱店で現行商品として扱われている。長く作り続けられてきたロングセラーということもあって、今すぐ入手できなくなる心配はあまりしなくてよさそうだ。 金属の道具をあえてガラスに置き換えることで、温度の移ろいそのものが見える酒器になった。燗と冷や、季節によって使い分けられる一本を、食卓の主役に据えてみるのも悪くないと思う。 関連記事: 盃の底に紅と金の富士山、田島硝子 金箔富士 冷酒杯(桜) · 貝殻の虹色を酒で呼び覚ます、高岡漆器 螺鈿ガラス 金杯(万華鏡)桜