湿地に咲く白い花を青いガラスに、津軽びいどろ みずばしょう酒器セット

これまで陶磁器や漆器の酒器をいくつか取り上げてきたが、今回は趣向を変えてガラスの酒器を見ていく。「アデリア 津軽びいどろ」の「みずばしょう酒器セット」(徳利1個・盃2個、型番FS-71582)。深いブルーの徳利に、白い花のような模様が浮かぶ盃が寄り添う、冷酒専用の一式だ。 水芭蕉が湖畔に咲くように 津軽びいどろ みずばしょう酒器セット(徳利1個・盃2個)Amazonで見る → 水芭蕉(みずばしょう)は、尾瀬をはじめとする東北から北海道の湿地に自生する多年草だ。白い花びらのように見える部分は実は葉が変形した「仏炎苞(ぶつえんほう)」で、本当の花はその中心にある棒状の部分に小さく密生しているらしい。5月半ばから6月にかけて、雪解け水の残る湿原に群れて咲く姿は、涼しさと清らかさの象徴として和の意匠にたびたび取り入れられてきた。 このセットも、その水芭蕉が咲く風景をイメージしてデザインされているという。ガラスの色合いは深みのあるブルーで統一され、盃の表面には白い模様が浮かぶ。派手な色数を使わずに、湿地の静けさと水の透明感だけで季節感を表現しようとしている、そんな印象を受けた。 浮玉からグラスへ — 津軽びいどろという青森のガラス工芸 このブランドの成り立ちは、酒器とはまったく関係のないところから始まっている。製造元の北洋硝子は1949年、青森市で漁業用の「浮玉(うきだま)」を作る会社として創業した。浮玉とは漁網を海面に浮かせるためのガラス玉で、丈夫さに定評があり、1973年には国内トップクラスの生産高を記録したそうだ。 ところがその後、浮玉の需要はプラスチック製に取って代わられ、急激に減っていく。経営が苦しくなるなかで職人たちが目をつけたのが、地元・七里長浜の砂だった。試しにこの砂をガラスの原料にしてみたところ、透明感のある深い緑色のガラスが生まれ、これが評判を呼んだという。危機をきっかけに新しい素材と向き合った結果、1977年に「津軽びいどろ」というブランドが誕生した経緯を知ると、このガラスの一つひとつに宿る色に、また違った重みを感じる。 製法は「宙吹き」と呼ばれる、紀元前から続くとされる技法だ。1200〜1500度に溶けたガラスを吹き棹の先に巻き取り、息を吹き込みながら形を整えていく。一人前になるまで20年以上かかるとも言われる手仕事で、自社調合の色ガラスは100色以上にのぼるらしい。国内でこれだけの色数を自前で用意できるガラスメーカーは多くないと聞くと、この一本の青にも相応の蓄積があるのだと納得できる。 ちなみに津軽びいどろは、経済産業大臣が指定する「伝統的工芸品」ではなく、青森県が独自に指定する「県指定伝統工芸品」の第一号にあたる。国指定の枠組みに入っていないからといって価値が劣るわけではなく、むしろ地域が自分たちの手でこの技術を守り、伝えてきた歴史の証だと捉えている。 徳利と、対になった盃と セットの中身は徳利1個と盃2個。徳利は口径4cm・高さ12.6cmほどで満水容量365ml、盃は口径7.4cm・高さ4.7cmほどで、1個あたりの満水容量は50mlとされている。化粧箱は天面に銀箔押しが施された貼り箱で、贈り物として渡す前提の作りになっている。 盃が1個ではなく2個セットになっているのは、夫婦や二人一組を連想させる「対」の器という贈答文化の定番的な発想によるものだと思う。実際、結婚祝いや銀婚式・金婚式の贈り物として勧められている場面をよく見かける。もちろん一人で晩酌に使ってもよく、その場合は片方を来客用に取っておく、という使い方もできる。盃自体は小ぶりなので、前菜や珍味を少量盛る器として転用するのもありだと感じている。 手作りだからこそ生まれる、一つひとつの違い 販売ページには「職人による手作りのため、色・重量・サイズに個体差が生じます」という注記が添えられている。これは欠陥ではなく、宙吹きガラス特有の性質だ。同じ型を使い、同じ職人が作業しても、ガラスの粘度や室温、息の吹き込み方のわずかな違いによって、仕上がりは毎回少しずつ変わってくる。機械成形の食器のように寸分違わぬ均一さを求める道具ではなく、手元に届いた一組がその日その職人の手から生まれた一点物なのだと考えると、届いた品を眺める楽しみが増える気がする。 使い方と扱い方 — 冷酒に向く一本 津軽びいどろ みずばしょう酒器セット(徳利1個・盃2個)Amazonで見る → 素材は耐熱表記のないソーダガラスなので、電子レンジや熱湯の使用はできず、食器洗浄機も避けるようにと公式サイトに明記されている。手洗いが前提の道具だと理解しておいたほうがいい。用途としては冷酒がまっすぐ向いていて、キリッと冷やした日本酒を注ぐと、ブルーのガラス越しに透ける酒の色まで涼しげに見える。熱燗を楽しみたい日は、別の徳利に任せるのが賢明だと思う。 価格はメーカー直営のオンラインストアで6,600円(税込)、Amazonでもほぼ同水準で取り扱われている。Yahoo!ショッピングの複数店舗でも同じ型番(FS-71582)が流通していて、価格帯もおおむね近い。化粧箱入りのギフト向け商品として複数の販路で安定して扱われている様子から、廃盤の兆しは今のところ見当たらない。 漁業用の浮玉から始まったガラス工芸が、湿地に咲く水芭蕉の風景を映す酒器にたどり着くまでの距離を思うと、この深い青の一本がずいぶん遠くから来たもののように感じられる。冷酒を静かに楽しみたい夜に、そっと出してみたい一組だ。 関連記事: 津軽びいどろ 片口あじさいに写した龍飛崎の紫陽花 · ねぶたの夜を盃に閉じ込める、アデリア 津軽びいどろ NEBUTA 酒器セット

2026年9月21日 · 1 分 · 37 文字 · kingsworksub-jpg

東洋佐々木ガラスの片口 冷酒カラフェ、注ぎ口に宿る千三百年の知恵

「片口(かたくち)」と聞いて、すぐに形が思い浮かぶ人はそう多くないと思う。もともとは醤油や出汁、酢といった液体を注ぐための台所道具で、酒器の主役というよりは裏方の存在だった。それがいつのまにか、日本酒の香りを立たせるための器として食卓に上がるようになった。東洋佐々木ガラスが作るこの片口は、そんな器の役割の移り変わりを、ガラスという素材でわかりやすく体現している一本だと思う。 そもそも「片口」とは何なのか 東洋佐々木ガラス 片口 冷酒カラフェ 240mlAmazonで見る → 片口は、片側にだけ注ぎ口が付いた、首のない広口のボウル型の器のことを指す。奈良の平城京跡からも出土例があるそうで、その歴史はおよそ1300年に及ぶという。もとの用途は日本酒に限らず、醤油や出汁、酢、油といった液体全般を注ぎ分けるための調理道具だった。宮廷儀式で使われた「銚子」という柄付きの酒器から、徳利や片口へと形が枝分かれしていった系譜の中に位置づけられる器でもある。 つまり片口は「酒器」として生まれたわけではなく、あくまで実用の台所道具として長く使われてきた器だ。それが冷酒文化の広がりとともに、日本酒を注ぐための、それも視覚的に楽しむための道具として再評価されるようになった、というのが個人的にいちばん面白いと感じるポイントだ。 片口とお猪口・徳利、何が違うのか 同じ「注ぐ・飲む」酒器でも、それぞれ役割が分かれている。お猪口やぐい呑みは口に直接運んで飲むための器で、徳利は首が細くくびれた形で、保温性と見た目の両方を意識した「注ぐ」ための器になる。それに対して片口は、首のない開いたボウル形状に注ぎ口が付いているだけのシンプルな構造だ。 この単純さがかえって使い勝手の良さにつながっていて、洗いやすく、注ぐときに酒が空気に触れる面積も広い。日本酒バーなどで、あえて片口からお猪口に注ぐスタイルが好まれるのは、この「注ぐ所作」自体を楽しませる意味合いが大きいのだと思う。 ガラスで作ることの意味 片口自体は陶器や漆器でも作られるが、この製品はあえてガラスという素材を選んでいる。ガラスは無味無臭で、酒そのものの味を素直に(良くも悪くも)引き出す素材だと言われている。陶器や磁器は酒の角を丸めてまろやかにし、錫は独特の作用でクセを和らげるとされるのに対して、ガラスは酒の個性をそのまま伝えてくる感触がある。 もうひとつの利点は、単純に「見える」ことだ。酒の色合いや透明度、注いだときの揺らぎ、氷を入れたロックスタイルの見た目まで、ガラスなら外から丸ごと楽しめる。この片口の表面には波型の凹凸模様が入っていて、光を受けるとそれだけで小さな景色になる。冷酒や常温の酒との相性がよく、雪冷えから花冷えへと温度が上がっていく過程で香りや甘みが変化していく様子を目で追いながら飲めるのは、ガラスならではの楽しみ方だと感じる。 240mlという設計とお手入れの注意点 スペックを見ると、満水で240ml、実際に酒を注ぐ標準的な高さでは180ml程度、ちょうど一合相当になるよう設計されている。素材はソーダライムガラスで、食洗機には対応しているが、電子レンジは不可だ。耐熱ガラスに比べて熱衝撃への耐性が低いため、急激な温度変化を与えると割れるリスクがある。だから熱燗のような熱い酒を注ぐ使い方は想定されておらず、あくまで冷酒〜常温向けの器として割り切って使うのが正解だと思う。 薄手のガラスなので、食洗機に入れる際に他の食器とぶつからないよう気をつけたほうがいい。この手の薄いグラスをうっかり重ねて洗って欠けさせてしまった経験があるので、その点だけは自分への戒めとして書いておきたい。 なお業務用としてもよく流通していて、48個セットのケース販売で飲食店・酒販店向けに卸されている実績もある。家庭用の単品としてだけでなく、日本酒バーのような場でも使われている器だと考えると、実用性の高さにも納得がいく。 東洋佐々木ガラスという会社 東洋佐々木ガラス 片口 冷酒カラフェ 240mlAmazonで見る → 東洋佐々木ガラス株式会社のルーツは1902年、佐々木宗次郎が東京・神田で石油ランプの販売を始めたことにさかのぼる。1947年に佐々木硝子株式会社として法人化し、1962年には東京証券取引所二部に上場するほどの規模に育った。ところが1999年に会社更生法の適用を申請することになり、2002年、東洋製罐グループの東洋ガラスが持つハウスウエア部門と統合されて、現在の「東洋佐々木ガラス株式会社」という社名になった。 本社は千葉県八千代市にあり、同地の工場は国内最大級のガラス製ハウスウエア生産能力を持つとされる。マシンメイドとハンドメイド両方の製造設備を備え、家庭用から業務用まで幅広いグラスウェアを手がける、業界でも指折りの規模のメーカーだ。ホテルやレストラン向けの強化グラス「HS(ハードストロング)」シリーズなどが代表的な製品ラインとして知られている。今回の片口も、そうした業務用グラスウェアで培われた品質管理の延長線上にある一本なのだと思う。 価格帯と現行性について 価格は728円から880円程度と、酒器としてはかなり手に取りやすい部類に入る。複数の酒類専門店や生活雑貨店、大手ECサイトで現在も継続して取り扱われていて、生産終了を示すような情報は見当たらない。ワンコインに近い価格で、片口という器の楽しさを試してみるにはちょうどいい選択肢だと思う。 もとは台所の裏方だった器が、注ぎ口ひとつと透明な素材のおかげで、食卓の主役になれることを教えてくれる一本だと思う。冷酒を一合分だけ用意して、ゆっくり温度の変化を眺めながら飲む夜も、たまには悪くない。 関連記事: 氷を閉じ込めて薄めない、東洋佐々木ガラス カラフェ・バリエーション · 柳宗理の清酒グラスは、てのひらの形から生まれた

2026年9月21日 · 1 分 · 35 文字 · kingsworksub-jpg

ねぶたの夜を盃に閉じ込める、アデリア 津軽びいどろ NEBUTA 酒器セット

金属、陶器、そして色ガラス。酒器シリーズもだいぶ素材の幅が広がってきた。今回取り上げるのは、青森の伝統工芸「津軽びいどろ」から、祭りをモチーフにした一組「NEBUTA(ねぶた)酒器セット」。片口と盃のペアで、色そのものが主役になっている道具だと思う。 漁業用の浮き玉から始まったガラス工芸 アデリア(ADERIA) 津軽びいどろ NEBUTA 酒器セット(FS71551)Amazonで見る → 津軽びいどろを作っているのは、青森市の北洋硝子株式会社。もともとは1949年創業で、漁業用のガラス製浮き玉(浮き球)を作るメーカーだった。1973年ごろには国内生産量トップになるほど盛んだったというから、当時はかなりの規模だったのだろう。しかしプラスチック製の浮き玉が普及すると需要は一気に縮小していく。その転機に、浮き玉づくりで培った「宙吹き」の技術を食器やインテリアガラスに転用して始まったのが津軽びいどろだった。1977年のことで、1996年には青森県の伝統工芸品指定を受けている。 漁具メーカーが工芸ブランドに転じたという経緯を知ると、この酒器の見え方が少し変わってくる。もとは海で使われる道具のための技術が、今は食卓でお酒を彩るために使われている。素材や用途は変わっても、宙吹きという手仕事の核心は変わっていないというところが面白い。 ねぶた祭りの夜を、8色のガラスに落とし込む NEBUTAシリーズは、その名の通り青森ねぶた祭りをモチーフにしている。毎年8月2日から7日にかけて開催されるこの祭りは、東北三大祭りの一つに数えられ、竹や木の骨組みに和紙を貼って極彩色に彩色した巨大な人形灯籠を山車に乗せ、夜の街を練り歩く。このセットは、そのねぶたの鮮やかな色彩と、祭りのフィナーレを飾る花火の夜空に映える色合いを、8色の色ガラスで表現したものだという。 津軽びいどろは絵付けを一切しない工芸で、色そのものの発色だけで表現するのが特徴になっている。型を使わない宙吹きの製法上、同じ色ガラスを使っても職人が竿を振るタイミングや溶け具合で模様の出方が微妙に変わる。この「ゆらぎ」が、和紙で作られたねぶた人形の質感とどこか通じるものがあるという説明を見て、なるほどと思った。工業製品のような均一さではなく、一つひとつ表情が違う道具だと捉えるのが正しい向き合い方なのだと思う。 片口250ml、盃85ml — 手のひらに収まるサイズ感 セットの内容は片口(お酒を注ぐための器)1個と盃1個。片口は最大径95mm×高さ95mmで満水容量250ml、盃は最大径74mm×口径74mm×高さ47mmで満水容量85ml、セット全体の重量は約485gとなっている。この数字だけ見ると片口としてはやや小ぶりで、晩酌1〜2杯分をゆったり注ぐのにちょうどいいサイズだと感じる。盃も85mlとおちょこよりは大きめで、ワイングラスのようにゆっくり傾けて色を眺めながら飲む前提の容量に思える。 化粧箱入りで届くので、贈り物として渡してもそのまま様になる。母の日・父の日・還暦祝いといった節目の贈答品として定番的に扱われているのも、このサイズ感と箱の見栄えが効いているのだろう。 熱燗ではなく、冷酒でこそ映える理由 扱い方について一つ大事な注意点がある。このセットは耐熱ガラスではないため、電子レンジや熱湯の使用は不可、食器洗浄機も非対応で手洗いが推奨されている。急激な温度変化に弱いガラスなので、熱燗を注ぐのは避けた方がいい。素直に冷酒用の器として使うのが正解だと思う。 冷酒との相性という点では、このセットはむしろ強みを発揮する。色ガラスは光を通したときに一番きれいに見える道具で、日の光や照明にかざすとグラデーションが浮かび上がる。冷たい日本酒を注いで、氷を思わせる涼しげな色合いと一緒に味わう使い方が、このガラスの発色を最も活かせる飲み方だと感じる。 アデリアというブランドの中での位置づけ アデリア(ADERIA) 津軽びいどろ NEBUTA 酒器セット(FS71551)Amazonで見る → 「アデリア(ADERIA)」は石塚硝子株式会社とそのグループ会社が展開するガラス食器ブランドで、津軽びいどろの指定工場でもある。つまり津軽びいどろは、アデリアという大きなブランドの中の一系統という位置づけになる。シリーズは季節の情景を色ガラスで表現した「四季」、11色を揃える「にほんの色」など幅広く、NEBUTAは祭りと夏をテーマにした一群という立ち位置だ。同じ産地・同じ製法でも、シリーズによって表現したい情景が違うというのが、このブランドの奥行きだと思う。 6,600円という価格を、他のご当地ガラスと比べてみる 片口と盃のセットで6,600円という価格を、他の日本のガラス工芸と並べてみるとどうか。東京の伝統工芸である江戸切子のぐい呑みは5,000円程度から、凝ったものになると数万円台まで幅がある。沖縄の琉球ガラスのぐい呑みは単品で2,000円前後からが相場になっている。この2つと比べると、津軽びいどろのこのセットは江戸切子よりは手を出しやすく、琉球ガラスの単品よりは一段上のレンジに位置する、中価格帯のご当地ガラス工芸品というところに落ち着く。片口と盃の2ピースがセットで、化粧箱まで込みだと考えると、贈答用途では納得感のある価格だと感じる。 2026年9月時点で、公式のオンラインショップでも在庫あり・通常価格で販売されており、廃盤になっている様子はない。落ち着いて選べる現行商品だ。 浮き玉づくりの技術が、祭りの夜を映すガラスに変わった。そういう来歴を知った上で手に取ると、この酒器はただの色つきガラスではなく、青森という土地の記憶を宿した道具に見えてくる。熱燗には向かないという制約はあるけれど、冷たい酒を注いで光にかざす瞬間のために作られたと考えれば、その制約もむしろ潔い。 関連記事: 津軽びいどろ 片口あじさいに写した龍飛崎の紫陽花 · 湿地に咲く白い花を青いガラスに、津軽びいどろ みずばしょう酒器セット

2026年9月20日 · 1 分 · 37 文字 · kingsworksub-jpg

盃の底に紅と金の富士山、田島硝子 金箔富士 冷酒杯(桜)

盃の底に富士山が立っている。それも、酒を注ぐたびに色を変える富士山だ。東京の老舗ガラスメーカー、田島硝子の「金箔富士 冷酒杯(桜)」を見ていく。 「被せ硝子」という二重構造 田島硝子 金箔富士 冷酒杯(桜)Amazonで見る → この盃の見た目のインパクトは、透明なガラスの上にもう一枚、薄い色ガラスを重ねる「被せ硝子(きせがらす)」という技法から来ている。職人が透明なガラスの生地に、0.2〜0.3mmほどの薄さで色ガラスをひとつずつ吹き重ねていくのだそうで、この一枚がロックグラスのボディに紅色の帯を作っている。そこにさらに金箔の装飾を施すことで、単色のガラスとは違う奥行きが出ている。 田島硝子はこの被せ硝子を、江戸切子の材料としても長年供給してきたメーカーだと知って、なるほどと思った。切子細工に使われる色ガラスの生地を作る側の会社が、自社ブランドとしてこういう装飾グラスも手がけているというのは、素材屋としての引き出しの多さを感じさせる。 底に沈む富士山 — 酒を注ぐと表情が変わる このシリーズの一番の仕掛けは、グラスの底に成形された富士山のシルエットだ。透明な部分に山の形が浮かび上がっていて、そこに冷酒を注ぐと、酒の色が山の周りに回り込んで、素面のときとは違う富士山の表情になる。日本酒なら淡く、梅酒や果実酒なら色濃く、注ぐものによって同じ富士山が違う顔を見せるのがおもしろい。 底の紅色の帯と金箔の装飾が、山の稜線のあたりに雪ならぬ夕焼けを乗せているようにも見える。ただの飾りグラスというより、酒を注いで初めて完成する器だと思う。 江戸切子ではなく、江戸硝子 見た目の華やかさから江戸切子と混同されがちだが、これは切子(カットを入れる技法)ではなく江戸硝子という別の伝統工芸に分類される。東京都の伝統工芸品に指定されているのは硝子生地そのものの製法で、そこに文様を彫り込むのが江戸切子、色や被せで表情を作るのが江戸硝子、という住み分けになる。この冷酒杯にはカットの切り込みは一切入っておらず、色被せと金箔だけで模様を作っているので、素直に江戸硝子の仕事として見るのが正確だと思う。海外の販売ページではこのあたりがまとめて「エドキリコ」と紹介されていることもあるようだが、厳密には別物ということは知っておいて損はない。 サイズと色 — 「桜」は淡いピンクではなく紅系 口径は56mm、高さ76mmほどの小ぶりなショットグラスサイズで、冷酒をきゅっと一杯という量しか入らない。ラインナップには瑠璃(青)、金赤、黒、緑なども並んでいて、この「桜」はその中でも紅色寄りの一本だ。名前から桜色の淡いピンクを想像していたが、実物は金赤に近い、赤とピンクの中間のような濃いめのトーンだった。パッケージ写真だけで選ぶと色の印象が変わる可能性があるので、そこは知った上で選んだほうがいい。 化粧箱のサイズは70×97×70mmとコンパクトで、贈り物として渡すにも困らないサイズにまとまっている。 冷酒専用 — 電子レンジと食洗機はNG 名前の通り「冷酒杯」なので、燗酒には向かない。急激な温度変化に弱いガラスの性質上、電子レンジや食洗機の使用は避けたほうがよく、手洗いでスポンジを使ってやさしく洗うのが基本の手入れになる。他の食器と一緒に洗うとぶつかって欠けやすいので、単独で洗うくらいの気遣いはしてあげたい一本だ。 ソーダガラス特有の話として、洗浄後に水滴が残ると跡が白く曇って見えることがあるが、これは汚れではなく、乾いて拭き上げれば元の透明感に戻る。神経質になりすぎず、使うたびに拭き上げる習慣をつければ十分だと思う。 1956年創業、江東区のガラスメーカー 田島硝子 金箔富士 冷酒杯(桜)Amazonで見る → 田島硝子は1956年に東京・江東区で創業し、現在は3代目に代を重ねている会社だ。もともとは江戸切子向けの色被せガラスを生地として供給する仕事を長く手がけてきたメーカーで、その中で薄い被せガラスの技術を磨き上げてきた背景がある。この冷酒杯シリーズも、その蓄積の上に生まれたブランド展開のひとつという位置づけになる。 このシリーズを含む「富士山グラス」のラインは、おみやげグランプリでグランプリと観光庁長官賞を受賞した実績を持つ。空港や百貨店の土産物コーナーで見かけることが多いのも納得で、日本らしいモチーフをガラスの技術で仕上げた、お土産の定番という立ち位置を確立している。実際、海外向けのショップでも同じ富士山グラスのシリーズを扱っているところが複数あり、国内外どちらでも通用する一本になっているようだ。 価格と購入先 価格は公式オンラインショップで8,800円(税込)。Amazonでも単体の桜カラーが購入でき、瑠璃(青)との2個セットなど、ギフト向けの組み合わせ販売も見かける。生産終了や後継モデルへの切り替えといった情報は見当たらず、現行ラインナップとして問題なく選べる状態だ。 化粧箱の仕様や同梱物(ポストカードなど)はセット構成によって差があるようなので、贈り物にする場合は購入前に商品ページの内容をよく確認しておくと安心だと思う。 底に沈んだ富士山に酒を注いだ瞬間だけ、この盃は完成する。ただ眺めて美しいだけでなく、使うたびに違う表情を見せてくれるところが、この一杯を手元に置いておきたくなる理由なのだと思う。 関連記事: 廣田硝子のちろりで燗をつける、大正の灯りを写した耐熱ガラス · 貝殻の虹色を酒で呼び覚ます、高岡漆器 螺鈿ガラス 金杯(万華鏡)桜

2026年9月20日 · 1 分 · 43 文字 · kingsworksub-jpg

廣田硝子のちろりで燗をつける、大正の灯りを写した耐熱ガラス

「ちろり」と聞いてすぐに形が思い浮かぶ人は、今どれくらいいるだろうか。本来は錫や銅で作られた、湯煎で燗をつけるための酒器の名前だ。その金属の道具を、東京・墨田区のガラスメーカー廣田硝子がハンドメイドのガラスで作り直したのが今回見ていく一本になる。 そもそも「ちろり」とは何なのか 廣田硝子 ちろり 青 中子付きAmazonで見る → ちろりは江戸時代後期に登場したとされる酒器で、円筒形の器にコの字形の持ち手が付いた独特の形をしている。役割は燗徳利とは少し違っていて、酒を直接火にかけるのではなく、お湯を張った鍋に浸けて湯煎で温めるための道具だ。金属製ならではの熱伝導の良さを活かして、短時間でむらなく燗をつけられるのが本来の使い方になる。 名前の由来は諸説あって、地炉裏(いろり)に埋めて温めたからという説、短時間で燗がつくことから「ちろり」と呼ばれるようになった説、注ぎ口から酒が落ちる音に由来する説などが並んでいる。どれが正解かは決め手に欠けるが、燗酒文化とともに古くから使われてきた道具であることは間違いない。 金属の道具を、あえてガラスで作る 廣田硝子のちろりが面白いのは、本来は不透明な金属だった道具を、透明なガラスに置き換えている点だ。中身の温度が変わっていく様子も、酒の色も、外から丸見えになる。実用の道具としての機能はそのままに、鑑賞の楽しみを足しているという意味で、単なる素材変更以上の再解釈だと思う。 このデザイン自体は1980年に廣田硝子の社内デザイナーが手がけたもので、40年以上ほとんど形を変えずに作り続けられているロングセラーだという。流行り廃りの早い食器の世界で、これだけ長く同じ形が支持され続けているのは単純にすごいことだと思う。 「中子」という発想 — 一本で燗も冷やもこなす このちろりの構造で一番おもしろいのが、内側に入れる「中子」という取り外し可能なパーツだ。冷酒で飲みたいときはこの中子に氷を入れてちろり本体にセットする。氷が酒に直接触れないので、薄まる心配をせずに冷やせる仕組みになっている。逆に燗をつけたいときは中子を外し、ちろり本体をそのままお湯に浸けて湯煎する。 つまり同じ一本のガラスで、季節や気分に応じて燗にも冷やにも対応できるということになる。本体は耐熱ガラス製、中子側はソーダガラス製と素材を使い分けていて、持ち手や蓋まわりには銀メッキを施した真鍮が使われている。ガラスと金属、質感の違う素材が組み合わさっているぶん、テーブルに置いたときの表情も豊かだ。 扱い方の注意点 耐熱ガラスとはいえ、直火にかけて温める使い方は想定されていない。あくまで湯煎が基本で、いきなり火であぶるような使い方は避けたほうがいい。食洗機についても対応をうたっていないので、手洗いでのお手入れが安心だと思う。多少手間はかかるが、ガラスと真鍮の組み合わせという凝った作りを考えれば、そのくらいの気遣いは自然なことに感じる。 廣田硝子という会社 — 1899年創業、江戸硝子の担い手 廣田硝子 ちろり 青 中子付きAmazonで見る → 廣田硝子の創業は1899年(明治32年)。新潟出身の初代・廣田金太が東京でガラス商を始めたのがルーツで、1915年には墨田区にあたる本所区にガラス工場を構え、ランプのほや作りからものづくりを広げていった。関東大震災、東京大空襲と二度の大きな被災を経ながらも復興し、1950年に廣田硝子株式会社として現在の体制になったという歴史を持つ、東京でも指折りの老舗ガラスメーカーだ。 代表的なラインには、大正時代の乳白ガラスを復刻した「大正浪漫硝子」や、江戸切子の技術を受け継ぐシリーズなどがある。効率よりも職人の手仕事を優先するものづくりを掲げていて、このちろりもその方針の延長線上にある一本という位置づけだと思う。 価格帯について この「青・中子付き」モデルはAmazonで38,500円という価格になっている。廣田硝子のちろりシリーズの中では、透明ガラスの基本モデルが2万円前後からラインナップされているので、色ガラスを使ったこのモデルはシリーズの中でも中〜上位の価格帯に位置する。色ガラスは透明ガラスより成形や発色の管理に手間がかかるぶん、価格に反映されている面があるのだろうと思う。派手な値付けというより、手仕事の工程を積み上げた結果としての価格という印象を受けた。 生産終了の兆候は見当たらず、公式サイトや複数の正規取扱店で現行商品として扱われている。長く作り続けられてきたロングセラーということもあって、今すぐ入手できなくなる心配はあまりしなくてよさそうだ。 金属の道具をあえてガラスに置き換えることで、温度の移ろいそのものが見える酒器になった。燗と冷や、季節によって使い分けられる一本を、食卓の主役に据えてみるのも悪くないと思う。 関連記事: 盃の底に紅と金の富士山、田島硝子 金箔富士 冷酒杯(桜) · 貝殻の虹色を酒で呼び覚ます、高岡漆器 螺鈿ガラス 金杯(万華鏡)桜

2026年9月20日 · 1 分 · 41 文字 · kingsworksub-jpg

柳宗理の清酒グラスは、てのひらの形から生まれた

脚付きの小さなガラス杯に、金の小さな紋章がひとつ。プロダクトデザインの世界で知らない人はいない柳宗理が手がけた「清酒グラス」を、隅々まで見ていく。 日本酒造組合中央会からの、ひとつの依頼 柳宗理デザイン 清酒グラス 125ml(東洋佐々木硝子)Amazonで見る → このグラスの出発点は、日本酒造組合中央会からの依頼だったという。「お燗も冷酒もこなせる、脚のついた杯がほしい」という、ずいぶん欲張りな注文だ。受けて立ったのが柳宗理で、金沢美術工芸大学で教えていた縁から、金沢の福光屋の福光博氏と協力しながら形を練っていった。 最終形にたどり着くまでにはおよそ2年かかったと伝えられている。柳宗理といえばバタフライスツールやステンレスのケトルのような、工業製品然とした佇まいの仕事で知られるが、この清酒グラスは「盃」という和の道具の記憶をきちんと踏まえた形にまとめてある。一目で「これは日本酒のための器だ」とわかる佇まいに落とし込むのに、それだけの時間が必要だったのだろう。 手のひらが決めた、あの丸み 見た目のいちばんの特徴は、丸く厚みを持たせた縁と、安定感のある高い脚だ。縁を厚くしたのは、日本酒を口に含んだときの当たりを柔らかくするためだと説明されている。脚の部分はただ持ちやすいだけでなく、卓に置いたときの座りの良さまで含めてデザインされているようで、実際に手に取ると、指の腹がすっと吸いつくような曲面になっているのがわかる。 装飾らしい装飾はほとんどなく、胴の途中に小さな金の紋章がひとつ添えられているだけ。この潔さが、半世紀以上たった今見てもまったく古びない理由だと思う。ミニマルなのに素っ気なくならないのは、削ぎ落とした形の中に「日本酒を飲むための道具」という機能がきちんと宿っているからだろう。 素材とつくり — ソーダガラス、東洋佐々木硝子の仕事 素材はソーダガラス。製造を手がけているのは、大阪発祥のガラスメーカー東洋佐々木硝子だ。手吹きの一点物ではなく工業製品として量産されているぶん、価格は驚くほど抑えられていて、店によっては1個500円を切ることもある。柳宗理のデザインらしく、美しさと日常使いのしやすさを両立させる方向に振り切った器だと感じる。 大小2サイズ、そして手入れの注意 このグラスには小(容量60ml前後)と大(容量110〜125ml前後、扱う店によって表記に多少の幅がある)の2サイズがあり、今回取り上げているのは大サイズにあたる。開発の過程では、当初中間的なサイズを作ったところ「お燗にはやや大きい」という声が出て、そこから小サイズが生まれたという経緯があるらしい。冷酒中心に楽しむなら大、お燗を意識するなら小、という選び方が本来の設計意図に近いのだろう。 手入れの面では、電子レンジ・オーブンには対応しておらず、食器洗浄機・乾燥機の使用も推奨されていない。中性洗剤とやわらかいスポンジでの手洗いが基本で、急激な温度変化(熱いものを注いだ直後に冷水にさらす、など)も避けたほうがいい。ガラスとしてはごく一般的な扱い方だが、値段が手頃だからといって雑に扱っていい器ではないと思う。 熱燗か、冷酒か もともとの依頼は「お燗も冷酒もこなせる杯」だったが、現在の販売ページを見る限り、耐熱仕様をうたっている様子はなく、急な加熱は避けたほうが無難な器という位置づけになっている。個人的には、この形の良さがいちばん映えるのは冷酒だと感じる。厚みのある縁が口当たりをまろやかにしてくれるので、キリッと冷やした純米酒や吟醸酒を、脚を軽くつまむようにして飲むのが似合う。 価格と購入先 — 半世紀選手が今も現役 柳宗理デザイン 清酒グラス 125ml(東洋佐々木硝子)Amazonで見る → 価格帯は小サイズで300円台、大サイズでも400〜500円程度からと、デザイナーズプロダクトとしては驚くほど手頃だ。MoMAデザインストアやD&DEPARTMENT、カリモク60のオフィシャルショップ、柳工業デザイン研究会の直販、地元の酒販店など、扱っている販路は幅広い。Amazonでも取り扱いがあり、単体からペア・セットまで見つかる。 生産中止になった様子はなく、発表から半世紀以上たった今もカタログに載り続けているロングセラーだ。デザイナーの名前で語られがちな器だが、実際の値段は缶チューハイ数本分ほどしかしない、というギャップも含めて面白い存在だと思う。 飾り気を削ぎ落としながら、日本酒という飲み物の輪郭だけはしっかり残す。そのバランス感覚こそが、このグラスが半世紀以上も棚から下ろされずにいる理由なのだろう。値段の手頃さも含めて、日々の晩酌に添える一客としてちょうどいい器だと思う。 関連記事: 氷を閉じ込めて薄めない、東洋佐々木ガラス カラフェ・バリエーション · 東洋佐々木ガラスの片口 冷酒カラフェ、注ぎ口に宿る千三百年の知恵

2026年9月19日 · 1 分 · 36 文字 · kingsworksub-jpg