Ableton Live 12のセッションビューが変える作曲の順番
多くのDAWは、左から右へ時間が流れる一本の帯の上に素材を置いていく。小節1があって、小節2があって、その順番に沿って曲を組み立てる。頭の中にすでに完成形がある人にとっては、これ以上なく素直な設計だと思う。 Ableton Live にも同じ帯はある。アレンジメントビューと呼ばれる画面がそれだ。ただしLiveには、もう一つまったく別の作り方をする画面が用意されている。セッションビューという、縦と横のマス目でできた格子だ。ここには時間軸が無い。小節何番から始まる、という情報を持たないまま、音の断片だけを並べておける場所になっている。 この画面はしばしばライブ演奏のための道具として紹介される。けれど実際に重心が置かれているのは、曲がまだ形になっていない段階の試行錯誤のほうだと感じている。Live 12 のセッションビューが何をする画面なのか、クリップの扱いに絞って見ていく。 縦の列と横の行で、曲が立ち上がる セッションビューの画面構成。縦の列がトラック、横の行がシーンPhoto: Dennis Afraz / CC BY-SA 3.0 セッションビューの格子は、縦の列が1本のトラックに対応している。ドラム、ベース、シンセ、といった具合に楽器ごとに列が立っていて、その列に属するマス目のひとつひとつがクリップスロットになる。ここに置かれた音の断片がクリップで、ひとつの列が同時に鳴らせるクリップはひとつだけという決まりがある。同じトラックの別のマスを押すと、それまで鳴っていたクリップは引っ込んで新しいほうに入れ替わる。この「列はひとつしか鳴らない」という制約が、素材の差し替えをそのまま演奏操作にしている。 横の行はシーンと呼ばれる。ひとつの行に並んだクリップ群をまとめて扱う単位で、画面のいちばん右、メイントラックの列にある再生ボタンを押すと、その行のクリップが全トラックで一斉に走り出す。イントロの行、Aメロの行、サビの行、という具合に行を積んでいけば、曲の構成そのものが縦に並んだ状態になる。行を上から順に押していけば曲を通して聴けるし、途中の行だけを繰り返したり、順番を入れ替えて聴いたりするのも押す場所を変えるだけで済む。 メイントラックの見出し部分は左端をドラッグすると幅が広がり、シーンごとのテンポと拍子を書き込む欄が現れる。テンポは20から999まで、拍子は分子に1から99までを指定できる。つまり行を移動するだけでテンポと拍子が切り替わる構成を作れるわけで、サビだけ少し速くしたいとか、ブリッジだけ拍子を変えたいといった実験を、タイムライン上でテンポカーブを描くことなく試せる。 タイムライン型のDAWと何が違うのか Logic Pro や Cubase、Pro Tools といった従来型のDAWでは、素材を置いた瞬間にそれが何小節目のものかが決まる。順番を変えたければ、リージョンを切って別の位置へ運ぶ必要がある。構成を3通り比べたいなら、3通りぶんのトラックを作るか、別バージョンとして保存して行き来することになる。どの方法も、比較するまでの手数がそれなりに掛かる。 セッションビューには位置情報が無いので、この手数がほぼ消える。ドラムパターンを4種類用意したければ、同じ列の縦に4つ並べて上から順に押せばいい。鳴っているほかのパートはそのままに、ドラムだけが差し替わっていく。良いものが見つかったら、その状態で次のパートの比較に移る。曲を完成させる作業というより、素材を突き合わせて相性を確かめる作業に画面が最適化されている。 もうひとつ、Liveには独立したミキサー画面が無い。従来型のDAWはコンソール卓を模した縦長のチャンネルストリップが並ぶ専用ページを持っていて、ミックス作業はそこへ移動して行う。Liveの場合、音量やパンはトラックの一部として同じ画面に収まっていて、エフェクトはトラックを選んだときに画面下部へ横方向に並ぶ。卓の前に座るという感覚は薄く、代わりに画面の移動が減る。好みは分かれるところで、大規模なミックスでは一覧性の低さが気になる場面もあると思う。 重要なのは、セッションビューとアレンジメントビューが別のプロジェクトではないという点だ。トラックもエフェクトも両方の画面で共有されていて、片方で挿したプラグインはもう片方にも入っている。2つの画面は、同じ曲を違う角度から見ているに過ぎない。 クリップの鳴らし方を決める4つのローンチモード 格子状のパッドは画面のクリップスロットにそのまま対応するPhoto: Gilda from London, UK / CC BY-SA 2.0 クリップを選んで画面下のクリップビューを開くと、ローンチという欄がある。ここでそのクリップの鳴り方を個別に決められる。モードは4つ用意されていて、トリガーは押した瞬間に再生が始まり、離しても止まらない。ゲートは押している間だけ鳴って、離すと止まる。トグルは押すたびに再生と停止が交互に入れ替わる。リピートは押している間、後述する量子化の間隔でクリップが繰り返し頭から鳴り直す。 同じ欄にレガートという設定もある。これを有効にしたクリップは、直前にそのトラックで鳴っていたクリップの再生位置を引き継ぐ。頭から鳴り直さないので、メロディの異なるバリエーションを次々に差し替えても、小節内の位置がずれない。素材の長さや内容が大きく違う場合に音が途切れることがあり、その対策としてクリップをメモリ上に展開する設定が別に用意されている。ベロシティ欄では、MIDIノートの強さがクリップ全体の音量にどれだけ影響するかを0%から100%の間で調整できる。 もうひとつ押さえておきたいのが量子化だ。マス目を押した瞬間にクリップが鳴り出すと、手で押している以上どうしてもタイミングがずれる。そこでLiveは、押された操作を次の区切りまで待ってから実行する。画面上部のコントロールバーにあるグローバル量子化が全体の既定値で、クリップごとに別の値を割り当てることもできる。1小節、2拍、16分音符といった間隔のほか、待たずに即座に鳴らす「None」も選べる。全体の設定はキーボードの数字キーとの組み合わせで素早く切り替えられるので、構成を大きく動かすときは1小節、細かい刻みを入れたいときは16分、という使い分けが手元で完結する。 フォローアクションが、並べたクリップを勝手に回す セッションビューでいちばん特徴的な機能を挙げるなら、フォローアクションだと思う。クリップが鳴り終わったあと、次にどのクリップへ移るかをあらかじめ指定しておく仕組みで、従来型のDAWには対応する概念が無い。クリップスロットという格子構造を持つ画面だからこそ成立する機能だからだ。 指定できる動作は10種類ある。何もしない、停止、もう一度同じクリップを鳴らす、ひとつ前のクリップへ、次のクリップへ、グループの先頭へ、グループの末尾へ、グループ内から無作為に選ぶ、無作為だが直前と同じものは選ばない、そして特定のスロットやシーンを名指しで指定する、という並びだ。「次のクリップへ」を指定したクリップを縦に積んでおけば、押しっぱなしにしなくても素材が順に流れていく。無作為に選ぶ動作を使えば、同じ素材の並びから毎回違う組み合わせが出てくる。 Live 12 ではこれがひとつのクリップにつき2つまで設定でき、それぞれに0%から100%の確率を割り当てられる。8割の確率で次へ進み、2割の確率で頭に戻る、といった分岐が作れるわけだ。フォローアクションが設定されたクリップは、再生ボタンに縞模様が付いて見分けられるようになっている。発動のタイミングは2通りあり、既定ではそのシーンでいちばん長いクリップが鳴り終わるのを待つ。もうひとつは待ち時間を小節・拍・16分の単位で直接指定する方式で、クリップの長さと無関係な周期で動かしたいときに使う。設定した動作を一括で止める全体スイッチも用意されていて、組み上げた構成をそのまま聴き直したいときに重宝する。 この機能を使うと、セッションビューは半分自動で回り続ける仕掛けになる。素材を並べて走らせておき、出てきた組み合わせを聴きながら手を入れる。曲を書くというより、曲が出てくる条件を整える作業に近い感覚がある。 ワープとローンチ量子化は別の仕事をしている クリップの起動とシーン送りを手元に割り当てた操作卓Photo: Eric Wahlforss from Berlin, Germany / CC BY 2.0 テンポの違う素材を並べても成立するのは、Liveがオーディオクリップを曲のテンポに合わせて伸縮させているからだ。この処理がワープで、素材の性質に応じて6つのモードが選べる。ビーツはドラムなど打楽器向けで、音の立ち上がりを保ったまま間隔だけを詰めたり伸ばしたりする。トーンズは歌や単音楽器のように音程がはっきりした素材向け、テクスチャーはパッドや環境音のように音程の輪郭が薄い素材向けで、粒の大きさと揺らぎを手で調整できる。 リピッチはレコードの回転数を変えるのと同じ振る舞いで、速度を上げれば音程も上がる。移調の操作は無効になる代わりに、アナログ的な質感が得られる。コンプレックスとコンプレックスProは、曲まるごとのように複数の要素が混ざった素材向けだ。とくにコンプレックスProにはフォルマントという設定があり、これを高くしておくと声の質感を保ったまま速度だけを変えられる。歌を扱うなら最初に触っておきたい項目だと思う。 ここで混同しやすいのが、ワープと前の節で触れた量子化の関係だ。この2つはまったく別の仕事をしている。ワープは、クリップが鳴っている間に中身をどう伸縮させるかを決める。量子化は、クリップがいつ鳴り始めるかを決める。16分で量子化したクリップでも中身はビーツモードのまま、という組み合わせは普通に成立するし、むしろそれが通常の状態になる。片方だけを直しても望んだ結果にならないときは、どちらの話をしているのかを切り分けると早い。 セッションで試し、アレンジメントに刻む ノートパソコン1台とコントローラーで完結する作業机Photo: Mickey Destro / CC BY-SA 2.0 セッションビューで組み合わせが決まったら、それを曲として固定する段階に移る。ここで使うのが、セッションでの操作をそのままアレンジメントビューに書き取る機能だ。Shiftを押しながら録音ボタンを押すと、Liveは最初のクリップが起動されるまで待ってから記録を始める。記録されるのは鳴らしたクリップだけではない。クリップの設定変更、ミキサーやエフェクトのつまみの動き、テンポと拍子の変更まで、その間に起きた操作が一式タイムライン上に落ちる。 ...