Digital Performer 12のチャンクは、映画1本分のキューを1つのファイルに収める
映画やドラマの音楽は、1曲ずつ独立して書かれるわけではない。1本の作品に数十のキューがあり、それぞれが映像の特定の場面に貼りつき、同じ主題が場面を変えて何度も戻ってくる。監督から修正が入れば、3日前に仕上げたはずの第12キューを開き直し、隣の第13キューとのつながりを確かめながら直していく。劇伴の作業は、1曲を仕上げる仕事というより、たくさんの曲を同時に抱えたまま少しずつ前へ進める仕事だと思う。 MOTUのDigital Performerは、この働き方に合わせて形を整えてきたDAWだ。中心にあるのがチャンクという仕組みで、ひとつのプロジェクトファイルの中に、曲やキューをいくつも並べておける。ファイルを閉じたり開いたりせずに、第12キューから第13キューへ、画面を切り替えるだけで移れる。2026年9月に出たDigital Performer 12でも、この考え方は変わっていない。むしろ、増えた機能の多くがチャンクを使う前提で組み立てられているように見える。 DP12で何が変わったのかを並べる前に、まずチャンクがどういうものなのか、劇伴の作曲家がなぜこの仕組みを手放さないのかから見ていきたい。 1985年のPerformerから続く、映像に合わせて書くための系譜 作曲家マイケル・ジアッキーノ(右)。キャリアを通じてDigital Performerで劇伴を書いてきた Photo: Cristiano Del Riccio / CC BY-SA 2.0 Digital Performerの出発点は、1985年にMacintosh向けに出たMIDIシーケンサー「Performer」にある。1990年にオーディオを扱えるようになったところで、名前に「Digital」が付いた。長いあいだMac専用のソフトで、Windowsでも動くようになったのは2012年のバージョン8から。Logic ProやCubase、Pro Toolsといった名前に比べると、日本の宅録の世界ではあまり話題にのぼらないDAWかもしれない。 けれどアメリカの映画・テレビの音楽の現場では、事情がかなり違う。代表的なのがマイケル・ジアッキーノで、ドラマ『LOST』や『エイリアス』、映画『ミッション:インポッシブル3』の音楽をDigital Performerで書いてきたことが知られている。『カールじいさんの空飛ぶ家』でアカデミー作曲賞を受けたあとも、仕事の中心にこのソフトを置き続けている。HBOのドラマ『シックス・フィート・アンダー』や『イン・トリートメント』を手がけたリチャード・マーヴィンも、長年の使い手として名前が挙がる一人だ。 こうした作曲家が、より多くの人が使う他のDAWへ移らない理由を考えると、ひとつの機能の優劣というより、ソフト全体の組み立て方に行き着く。映像に合わせて何十曲も並行して書く、という仕事の形に、Digital Performerの構造そのものが合っている。その構造の中心がチャンクだ。 チャンクは3種類、シーケンスとV-Rackとソング MOTUはソフトと並んでオーディオインターフェースも作ってきた。手前が2408mk3、奥が828 Photo: Ashley Pomeroy / CC BY-SA 4.0 Digital Performerのプロジェクトを開くと、チャンクの一覧が並ぶ。チャンクには3つの種類があり、それぞれ役割がはっきり分かれている。 ひとつめはシーケンスのチャンクで、ふつうのDAWでいう「1曲」にあたる。トラックとミキサーの設定を持ち、テンポと拍子を記録するコンダクタートラックもシーケンスごとに別々に持つ。第12キューは4分の4拍子でテンポ92、第13キューは4分の3拍子でテンポが揺れ続ける、といった違いを、それぞれのシーケンスの中で独立して扱える。劇伴では1キュー1シーケンスにするのが基本の使い方になる。 ふたつめがV-Rackのチャンクで、ソフト音源やエフェクトだけを入れておくための入れ物だ。この仕組みが劇伴の作業ではいちばん効いてくる。オーケストラの音源を一式立ち上げると、サンプルの読み込みだけで数分かかることも珍しくない。V-Rackに入れた音源は、どのシーケンスを開いていても立ち上がったまま残るので、第12キューから第13キューへ移っても音源を読み込み直す必要がない。複数のシーケンスがひとつのV-Rackを共有できるため、作品全体で同じ弦・同じ金管・同じ打楽器の並びを使い続けられる。 みっつめのソングのチャンクは、シーケンスを時間軸の上に並べてつなぐためのものだ。それぞれのシーケンスのどこからどこまでを使うかを決め、順番を自由に入れ替えられる。拍子やテンポが違うキュー同士でも、ソングの中では続けて鳴らせる。ソング自体も独立したコンダクタートラックを持つので、元のシーケンスのテンポを崩さずに全体を通して聴ける。 1本の映画をひとつのファイルで抱える この3種類を組み合わせると、劇伴の作業は次のような形になる。作品全体でひとつのプロジェクトを作り、オーケストラの音源を入れたV-Rackをひとつ用意する。キューの数だけシーケンスを作り、それぞれを映像の該当箇所に合わせて書いていく。リール単位や作品全体で通して聴きたいときは、ソングにシーケンスを並べる。全部がひとつのファイルの中にあるので、主題をどこで変奏したか、楽器の配置がキューごとにぶれていないかを、行き来しながら確かめられる。 この形のよさは、修正が入ったときにいちばん分かる。監督から「第12キューの最後をもう少し短く」と言われたら、そのシーケンスを開いて直し、すぐに第13キューを開いて、つなぎ目がおかしくなっていないかを聴く。音源は立ち上がったままなので、待ち時間はほとんどない。別々のファイルに分けていたら、そのたびにプロジェクトを閉じ、もう一方を開き、音源の読み込みを待つことになる。数十のキューを数週間かけて仕上げる仕事では、この差が積み重なって大きくなる。 チャンクが増えてくると一覧が長くなるので、フォルダにまとめて整理できるようになっている。DP12ではさらに、トラックやチャンクにタグを付けて検索できるようになった。「金管あり」「第2リール」「修正待ち」といったタグを付けておけば、数十のシーケンスの中から目的のものをすぐ呼び出せる。地味な追加に見えるけれど、キューの数が多い作品ほどありがたみが増す機能だと思う。 チャンクの考え方は劇伴に限らない。アルバムを1枚作るなら1曲を1シーケンスにして、曲間を確かめながら全体の流れを整えられるし、ライブで使う伴奏をひとつのファイルにまとめて順番に鳴らす使い方もできる。それでもこの仕組みがいちばん生きるのは、やはり映像のための仕事だと感じる。 映像に合わせて書くための道具 2004年製のMOTU PCI-424。DSPを積んだ拡張カードで音声を処理していた時代の製品 Photo: Ashley Pomeroy / CC BY-SA 4.0 チャンクと並んで、Digital Performerが劇伴の作曲家に選ばれてきたもうひとつの理由が、映像を見ながら書くための道具がひととおり揃っていることだ。ムービーウィンドウに映像を読み込むと、再生位置と映像がフレーム単位で連動する。ウィンドウは単独で浮かせることも、メインの画面の中に組み込むこともできる。時間の表示は小節と拍だけでなく、時・分・秒・フレームのタイムコードやフレーム数でも切り替えられる。 映像の上には、ストリーマー、パンチ、フラッターと呼ばれる目印を重ねて表示できる。ストリーマーは画面を左から右へ横切る縦の線で、これから来るヒットポイント、つまり音楽を合わせたい瞬間に向かって流れていく。パンチは、その瞬間に画面に光る丸い印だ。指揮者が録音のときに映像を見ながらタイミングを取るための伝統的な目印で、作曲の段階でも、どこで和音を変え、どこで打楽器を鳴らすかを決める手がかりになる。 DP12では、扱える映像のフレームレートが広がった。47.952、48、50、59.94、60、100、119.88、120の各フレームレートに対応し、最大で毎秒120フレームの映像に合わせて作業できるようになっている。配信作品やゲームの映像で高いフレームレートが使われる場面が増えたことに合わせた変更だろう。 DP12で加わった新機能 DP12でいちばん大きな話題になったのは、Dolby Atmosまわりだと思う。チャンネル配置は最大9.1.6まで扱え、ヘッドホンで立体音響を確かめるためのバイノーラルのモニターと、配信向けのADM BWF形式での書き出しまで、ソフトの中で完結する。映画や配信作品の納品でAtmosが求められる場面は増えていて、音楽を書く段階から立体的な配置を確かめられるのは心強い。 もうひとつがステム分離だ。ステレオの音声ファイルから、ドラム、ベース、ギター、ボーカル、ストリングス、ブラスの各パートを取り出せる。仮の音楽として映像に当てられていた既存曲を聴き込みたいとき、あるいは監督から渡された参考曲の編成を確かめたいときに、パートごとに分けて聴けるのはかなり便利だと感じる。 曲の構成を組み替えるためのアレンジメントストリップも加わった。タイムラインの下に区間の帯が表示され、Aメロやサビといったまとまりをドラッグで並べ替えたり、複製したり、分割したりできる。キューの尺を詰めるときにも、区間単位で動かせるのは扱いやすい。 細かいところでは、トラックのフリーズが1クリックで済むようになり、フリーズのために別のトラックを用意する必要がなくなった。インサート、センド、入出力の設定をまとめて保存しておけるトラックプリセット、楽譜ソフトとのやりとりに使えるMusicXMLの読み込みと書き出しも入っている。オーケストラの譜面を浄書ソフトで仕上げる劇伴の仕事では、MusicXMLで行き来できることの意味は大きい。初めて使う人向けには、操作を順に学べるチュートリアルのウィンドウと、画面の部品にマウスを重ねると説明が出るヘルプも用意された。 価格と動作環境 DP12の価格は、アメリカでは新規が499ドル、前のバージョンからのアップグレードが195ドル、他社DAWからの乗り換えが395ドルとなっている。国内の販売価格は通常版が87,780円、他社製品からのクロスグレード版とアカデミック版が69,850円だ。 動作環境は、macOSが12.7以降、Windowsが11の24H2以降。メモリは最低4GB、空き容量は20GBが目安とされている。ただしオーケストラの音源を大量に立ち上げて劇伴を書くなら、メモリはこの最低値よりかなり多く積んでおくほうが現実的だと思う。V-Rackに音源を常駐させる使い方は、メモリをそのぶん占有するからだ。 ...