ドクターペッパーの23種類のフレーバー、薬局生まれの味がコーラと呼ばれない理由
ドクターペッパーを初めて飲んだ人の感想は、だいたい二つに割れる。「薬みたい」と言って一口でやめる人と、「なんだかわからないけれど、また飲みたくなる」と言って箱で買うようになる人だ。好き嫌いがここまではっきり分かれる炭酸飲料は、日本の自販機の中ではかなり珍しいと思う。 缶には「AUTHENTIC BLEND OF 23 FLAVORS」と書かれている。23種類のフレーバーをブレンドした、という意味だが、これを読んでも味の想像はまったくつかない。23という数字は具体的なのに、その中身は何ひとつ明かされていないからだ。説明のようでいて、実は説明になっていない。この記事では、その「説明になっていない味」の正体を、生まれた場所、原材料表示、コーラとの違い、そして日本で売れている場所の偏りから順に考えていく。 ドクターペッパー 350ml缶×24本 Amazonで見る → 「23種類」は何も明かしていない 缶の下半分に「23」の丸いマーク。数字は誇らしげだが、中身の一覧はどこにも書かれていない(クリックでAmazonへ) Photo: DYVER / CC BY-SA 4.0 ドクターペッパーを作っている会社は、23種類のフレーバーでできていることは認めている。けれども、その23種類が何なのかは公表していない。レシピは企業秘密で、アメリカの原材料表示でも香りの部分は「天然香料および人工香料」とひとまとめに書かれているだけだ。日本で売られている缶の原材料表示も同じで、果糖ぶどう糖液糖、炭酸、カラメル色素、香料、酸味料、保存料、カフェインと並ぶうち、味の個性を決めているはずの部分は「香料」の二文字に収まっている。 そのため、23種類の中身については昔から推測がたくさん出回っている。よく名前が挙がるのは、チェリー、バニラ、アーモンド、アマレット、甘草(リコリス)、ブラックベリー、クローブ、ナツメグ、ジンジャー、キャラメルといったあたりだ。なかにはトマトやニンジンまで入っている一覧もあるが、どれも会社が認めたものではない。レシピを二つに分けて別々の銀行の金庫に保管している、という有名な話もあるものの、これも確かめようのない伝説の域を出ていない。 一口飲んだときの印象でいうと、私がいちばん強く感じるのはチェリーに近い甘い果実の香りと、杏仁豆腐やアマレットを思わせるアーモンド系の香りだ。その奥に、薬局の棚を思い出すような甘草やスパイスの気配が少しだけある。コーラのような柑橘とスパイスの組み合わせとも、ルートビアのようなサッサフラスやバニラ中心の香りとも違う。いくつもの香りが同じくらいの強さで重なっているので、どれか一つを名指ししにくい。「23種類」という言い方は、中身を教えるためというより、この名指しのしにくさそのものを数字で言い表しているのだと思う。 ちなみに、昔から根強い「プルーンジュースが入っている」という噂について、会社ははっきり否定している。原材料表示を見てもプルーン由来のものは入っていない。ただ、熟した果実の重たい甘さと、少し薬っぽい香りが重なるあの感じを、プルーンにたとえたくなる気持ちはわかる。噂が百年近く消えないのは、それだけ味の説明が難しいからだろう。 1885年、テキサスの薬局で生まれた飲み物 ウェーコにあるドクターペッパー博物館。1906年に建てられた瓶詰め工場の建物を使っている Photo: Michael Barera / CC BY-SA 4.0 ドクターペッパーが生まれたのは1885年、テキサス州ウェーコの「モリソンズ・オールド・コーナー・ドラッグストア」という薬局だった。考案したのは、そこで働いていた薬剤師のチャールズ・アルダートン。当時の薬局にはソーダファウンテンがあり、薬剤師がシロップと炭酸水を混ぜて客に出すのはごく普通のことだった。アルダートンは店の香料を組み合わせて、果実のシロップのような香りが残る新しい飲み物を作り、店主のウェイド・モリソンがそれを売り出した。 最初のころ、客はこの飲み物を町の名前から「ウェーコ」と呼んで注文していたという。やがてモリソンが「Dr. Pepper」と名付けるが、なぜこの名前にしたのかははっきりしていない。モリソンが若いころに働いていたバージニア州の医師チャールズ・ペッパーにちなんだ、という説がいちばんよく知られているものの、テキサス州の歴史協会もどの説にも確かな裏付けがないとしている。ペッパー医師の娘との恋愛話もよく語られるが、年齢が合わないことがすでに指摘されている。 薬局で生まれたという出自は、そのまま味にも残っていると思う。19世紀の薬局では、苦い薬を飲みやすくするために果実やスパイスの香料を使うのが当たり前で、香料の棚は薬剤師にとって絵の具箱のようなものだった。ドクターペッパーの、どこか薬っぽいのに甘い香りは、その棚から生まれたものだと考えるとしっくりくる。 「10時、2時、4時」に飲む炭酸 博物館の中に再現された「オールド・コーナー・ドラッグストア」。ここのソーダファウンテンが出発点だった Photo: Larry D. Moore / CC BY 4.0 ウェーコの薬局の名物だった飲み物は、1904年のセントルイス万国博覧会をきっかけに全米へ広がっていく。会社が成長した20世紀前半には、少し変わった広告が打たれた。「10時、2時、4時に、ひと口の食事を」という意味の標語で、人の血糖値は午前10時半、午後2時半、4時半ごろに下がるという大学の研究を下敷きにしたものだ。瓶の首には時計の文字盤に10・2・4の数字を配したマークが入り、この時計のロゴは1970年代まで看板や納屋の壁に描かれていた。 今の感覚では、炭酸飲料を血糖値の補給として勧めるのはなかなか大胆に見える。ただ、仕事の合間の決まった時間に甘いものを一本、という習慣づけは、味の説明が難しい飲み物を売るには理にかなっていたのだと思う。何味かを言えなくても、いつ飲むかは言える。ドクターペッパーの広告は、早い時期から味ではなく飲む場面のほうを語ってきたことになる。 ロゴの「Dr.」から点が消えたのは1950年のことだ。新しい斜体の書体にしたとき、小さな瓶では「Dr.」が「Di:」のように読めてしまったのが理由だという。それ以来、正式な表記は点のない「Dr Pepper」になっている。こういう細かい変更にも、薬局の名残だった「ドクター」の文字を、商標としての読みやすさに合わせて整えてきた歴史が見える。 コーラではない、と裁判所が決めた ドクターペッパーはよくコーラの仲間と思われるが、法的にはコーラではない。1963年、ペプシコーラの会社がドクターペッパーの会社を相手に起こした裁判で、裁判所はドクターペッパーをコーラでもルートビアでも果実風味の飲料でもない、独自の飲み物だと判断した。ペプシ側は、ドクターペッパーもコーラの一種なのだから、コーラを扱う瓶詰め業者との契約に縛られるべきだと主張していたが、それが退けられた形だ。 この判決は、味の分類というより商売の仕組みに大きく影響した。コーラではないので、コカ・コーラやペプシを扱っている瓶詰め業者が、競合を気にせずドクターペッパーも一緒に作って配ることができるようになった。自前の工場網をすべて持たなくても、他社の瓶詰め網に相乗りして全国に届けられる。いまアメリカでドクターペッパーを持つのはキューリグ・ドクターペッパーという会社だが、日本ではコカ・コーラの系列が製造と販売を担っているのも、この「コーラではない」という立ち位置と無関係ではないと思う。 味の面から見ても、この判決にはうなずける。コーラはカラメルの苦みと柑橘、シナモンのようなスパイスで輪郭を作るが、ドクターペッパーはチェリーやアーモンドのような甘い香りが前に出て、酸味もやや穏やかに感じる。同じ茶色い炭酸でも、口の中での広がり方がまるで違う。今ではアメリカで「ペッパー系」という呼び方まであり、ブランド名がそのまま飲み物の種類の名前になっている。 日本では、売れる場所が偏っている アメリカで売られている派生フレーバーの缶。日本の売り場で見かけるのは、ほぼ定番とダイエットの二種類に限られる Photo: Jeanne à vélo / CC BY-SA 4.0 日本にドクターペッパーが入ってきたのは1973年で、東京のコカ・コーラの瓶詰め会社との共同事業として始まった。ところが翌年に砂糖の値段が跳ね上がったこともあって、出だしはかなり苦戦したらしい。その後も全国区の定番にはならず、今でもよく見かけるのは首都圏と沖縄、それに東海地方の一部が中心だ。関西では一度売り出されたものの、数年で姿を消したという話も残っている。 ...