Google Flow MusicのVST3/AU書き出し、言葉で作れるのはシンセとエフェクトまで
10月6日、Google Labsが手がける音楽制作サービスのFlow Musicに、「Spaces」という新しい機能が加わった。欲しい楽器やエフェクトを言葉で説明すると、Flow Musicがそれを組み立て、つまみの並んだ操作画面まで用意してくれる。さらに、できあがったものをファイルとして書き出し、普段使っているDAWの中でVST3やAUのプラグインとして鳴らせるという。 プラグインを自分で作るには、これまでC++と音声処理の知識、そしてJUCEのような開発用のフレームワークを使いこなす力が必要だった。DAWで曲を作る人の多くにとって、プラグインは「買うもの」か「探すもの」であって、「作るもの」ではなかったと思う。その前提が、言葉で指示するだけで崩れ始めている。 ただ、発表の中身を細かく見ていくと、書き出せるものには明確な線が引かれていて、使える環境にも制約がある。この記事では、Spacesで何ができて何ができないのか、DAWに持ち込む仕組みはどうなっているのか、そしてコードを書かない制作者が自作の道具を曲作りに使う前に確かめておきたいことを順に整理していく。 Spacesは、言葉で楽器とエフェクトを組み立てる場所 シンセサイザーのLFOとエンベロープのつまみ。Spacesでは、こうした操作部の並びまで言葉の指示から組み立てられるPhoto: David J / CC BY 2.0 Spacesの使い方そのものはとても単純で、作りたい音の道具を文章で伝えるところから始まる。たとえば「ゆっくり開いていくフィルターと、少し揺れるピッチを持った暗めのパッド」や「テープが伸びたような揺れの出るディレイ」のように書くと、Flow Musicがその説明に沿って音を出す仕組みを組み、つまみやスライダーの付いた操作画面を作る。気に入らなければ、また言葉で直してもらう。この「伝える→鳴らす→直す」の繰り返しで道具を育てていく流れになっている。 こうした作り方は、ここ1年ほどで「バイブコーディング」と呼ばれるようになった。2025年2月にAI研究者のアンドレイ・カルパシーが使い始めた言葉で、プログラムの中身を一行ずつ読むのではなく、やりたいことを言葉で伝え、AIが書いたコードをそのまま受け入れて、動きを見ながら注文を重ねていくやり方を指す。Spacesは、このやり方を音楽制作の道具づくりに持ち込んだものだと受け止めている。 発表では、プロデューサーのクリス・リディック=タインズが作った「No Chaser」というプラグインが例に挙げられていた。どこで録った素材であっても、トラックやボーカルをくっきりとスタジオ品質に聞こえるよう整えるための道具だという。自分の制作の癖や、よく出会う問題に合わせて、市販品にはない「自分専用の一台」を作るという使い方が、Googleの想定している中心なのだと思う。 DAWへは.fmxファイルと2つのホストプラグインで持ち込む DAWのミキサー画面。各トラックのFXスロットにホストプラグインを挿し、その中で.fmxファイルを読み込む形になるPhoto: REAPER Digital Audio Workstation / CC BY-SA 4.0 「VST3やAUとして書き出せる」と聞くと、作った道具がそのまま独立したプラグインのファイルになるように思えるが、仕組みは少し違う。Spacesから書き出されるのは「.fmx」という独自形式のファイルで、これをDAWの中で読み込むために、「Flow Instrument」と「Flow Effect」という2つのホストプラグインを使う。名前のとおり、楽器はFlow Instrumentに、エフェクトはFlow Effectに読み込む。DAWから見えているのはこの2つのホストで、作った道具はその中で動く、という二重の構造になっている。 この形は、サンプル音源のライブラリを専用のプレイヤーで読み込む仕組みに近い。利点ははっきりしていて、DAWの側から見れば、どんな道具を作っても扱うプラグインは2つだけなので、プラグインの読み込みや認証のやり直しで手間取ることが少ない。作った道具を書き直しても、差し替えるのは.fmxファイルだけで済む。 一方で、気にしておきたい点もある。まず、.fmxファイルだけでは音が出ない。仲間に道具を渡したいときは、相手の環境にもホストプラグインが入っている必要がある。次に、プロジェクトの再現性がホストプラグインの更新に左右される。何年か後に古い曲を開いたとき、そのときのホストで同じ音が出るかどうかは、Google側の保守にかかっている。プラグインの開発元が方針を変えて古い形式の読み込みをやめた例は、これまでにもいくつもあったので、大事な曲では作った音を早めにオーディオに書き出しておくと安心だと思う。 対応を確かめられているDAWとして名前が挙がっているのは、Ableton Live、Logic Pro、FL Studioの3つだ。VST3とAUのどちらかを読み込めるDAWなら動く可能性は高いが、ここに挙がっていないDAWで使う場合は、最初に短いプロジェクトで動作を確かめてから本番の曲に入れたほうがいい。Pro Toolsが使うAAX形式は、対応形式として案内されていない。 書き出せるのは、サンプルを使わないシンセとエフェクトだけ リバーブやオーバードライブ、ファズを並べたペダルボード。録音素材を使わず計算だけで音を変える道具は、書き出しの対象に入るPhoto: Brownsnake84 / CC BY-SA 4.0 Spacesで作ったものが何でもDAWに持ち込めるわけではない。書き出しの対象になるのは、録音した音を使わずに計算だけで音を作るシンセサイザーと、入ってきた音を加工するエフェクトに限られている。録音したサンプルを鳴らすタイプの楽器と、生成AIで音そのものを作り出す道具は、Flow Musicの中では作れても、書き出すことはできない。 具体的に考えると、範囲がつかみやすい。オシレーターとフィルター、エンベロープ、LFOを組み合わせた減算方式のシンセや、FM方式のベル系の音、ノイズを使った効果音的な楽器は書き出せる側に入る。エフェクトなら、ディレイ、コーラス、フェイザー、歪み、フィルター、簡単なコンプレッサーのように、信号の流れを数式で書き表せるものが中心になる。反対に、生のピアノやドラムキットのように録音した音を鳴らす音源や、ハミングから楽器の音を作り出すような生成系の道具は、Flow Musicの中だけで使うことになる。 なぜここで線が引かれているのかは説明されていないが、録音素材の権利の扱いや、生成AIの処理を手元のパソコンで動かす重さを考えると、自然な区切りだと感じた。シンセとエフェクトは中身が計算式なので、ファイルに収めて手元で動かしやすい。 言葉で注文するときのコツも、この範囲から見えてくる。「温かい」「太い」のような形容詞だけで伝えるより、「ノコギリ波を2つ少しずらして重ね、ローパスフィルターを24dBで、カットオフにゆっくりしたLFOをかける」のように、音の通り道に沿って説明したほうが、意図に近いものが返ってきやすいと思う。シンセの基本的な構造を知っている人ほど、言葉だけで細かく作り込める。コードを書く必要はなくなっても、音作りの知識の価値はむしろ上がる、というのが正直な感想だ。 動くのはmacOSだけ、料金の条件もまだはっきりしない キーボードの横に置かれたMacBook。書き出したプラグインを動かせるのは、今のところmacOSの環境だけになるPhoto: Mitchschneider88 / CC BY-SA 4.0 もう一つの大きな制約は、書き出したプラグインを動かせるのが、現時点ではmacOSだけだという点だ。Windowsへの対応は予定の時期も示されていない。FL StudioやAbleton LiveをWindowsで使っている人は多いので、ここは残念に感じる人も多いと思う。Windowsで制作している場合、Flow Musicの中で道具を作って鳴らすところまでは試せても、それを自分のDAWの中で使うことはまだできない。 ...