ACE Studioの140を超える声に、打ち込んだメロディと歌詞を渡して歌わせる
曲を作っていて、いちばん手が止まりやすいのは歌の部分だと思う。メロディはできた、コードも決まった、仮の歌詞もある。けれど、それを誰かに歌ってもらうまでは、曲がどんな姿になるのかがなかなか見えてこない。自分で歌って録る手もあるが、音域が合わなかったり、夜中で声が出せなかったりと、思うようにいかないことのほうが多い。 ACE Studioは、そうした場面のためのソフトだ。ピアノロールに音符を並べ、そこに歌詞を割り当てると、AIが学習した歌い手の声でそのメロディを歌ってくれる。声の種類は140を超え、日本語を含む8つの言語に対応している。仮歌を起こすための道具としても、最終的な歌のトラックを作るための道具としても使える。 この記事では、ACE Studioでボーカルトラックを作る流れを、メロディの用意、歌詞の入力、声の選択、調声、DAWとの連携という順番に追っていく。そのうえで、ボーカロイドに代表されるこれまでの歌声合成と考え方がどう違うのか、そして価格や商用利用の条件がどうなっているのかを整理する。 ACE Studioとは何か、2.0で何が変わったのか ナッシュビルのRCAスタジオBに残る歌唱ブース。ACE Studioは、この場所に立つ歌い手の役目をソフトの中で引き受けるPhoto: Cliff from I now live in Arlington, VA (Outside Washington DC), USA / CC BY 2.0 ACE Studioは、TimeDomainという会社が開発しているAIの歌声合成ソフトだ。大きな節目になったのは2026年1月に出たバージョン2.0で、声の数がそれまでの80ほどから140を超えるところまで増え、扱える言語も8つになった。英語、中国語、日本語、韓国語、スペイン語、イタリア語、フランス語、ポルトガル語の8つで、日本語の声はこのときに13人分が新たに加わっている。 2.0では歌声以外の機能も一気に広がった。弦楽器や木管楽器をAIで鳴らす楽器モデルが18種類、録音された曲をボーカルやドラム、ベースなどに分けるステム分離、歌った声や録音した音からMIDIを取り出す機能、そして自分の声を学習させて専用の声モデルを作る機能が入っている。歌声合成ソフトというより、歌を中心にした小さな制作環境といったほうが近い姿になった。 その後も更新は続いていて、2026年3月の2.0.7では映像に合わせて曲を付けるVideo Composerが入り、6月の2.1.2ではVST3やAUのエフェクトプラグインをACE Studioの中で使えるようになった。この記事を書いている時点で最新なのは、9月に出た2.1.7だ。ここでは音素の境目を細かくずらせるようになり、一音一音の子音と母音の切り替わりまで手で整えられるようになっている。 メロディを用意する、ピアノロールとMIDIの読み込み 小型のMIDIキーボード。ACE Studioに渡すメロディは、こうした鍵盤で弾いてもマウスで描いてもよいPhoto: Ryuichi IKEDA / CC BY 2.0 歌わせる前に必要なのは、歌のメロディだ。ACE Studioの画面は、横に時間、縦に音の高さが並ぶ一般的なピアノロールになっていて、マウスで音符を描き込んでいけばそれがそのまま歌のメロディになる。音符の長さや位置は、DAWで打ち込みをするときと同じ感覚で整えられる。 すでにDAWでメロディを打ち込んでいるなら、MIDIファイルとして書き出してACE Studioに読み込むのがいちばん早い。仮歌をシンセのリード音で鳴らしていた人なら、その打ち込みデータをそのまま渡せばよい。後で触れるACE Bridge 2を使えば、DAWのトラックで弾いたMIDIを録っていく形でも渡せる。 メロディを打ち込むのが面倒なときは、鼻歌から始める手もある。歌った声を読み込ませると、そこからMIDIのメロディを取り出してくれるので、思いついたフレーズを口ずさんで録り、それを別の声で歌い直させる、という使い方ができる。音程の取り出しが完全に正確とは限らないので、取り出した後でピアノロールを見ながら音符を整えることになるが、ゼロから打ち込むよりはずっと早いと感じる。 ここで意識しておきたいのは、ACE Studioに渡すメロディは「歌い手に渡す譜面」に近いものだということだ。音符の長さを細かく揃えすぎると、歌のほうでかえって息継ぎの余裕がなくなる。フレーズの終わりに少し隙間を空ける、伸ばす音は長めに取る、といった、人が歌うときに必要な余白を最初から残しておくと、後の調声がずいぶん楽になる。 歌詞を乗せる、8つの言語と一音ずつの割り当て メロディができたら、歌詞を乗せていく。基本は、音符ひとつに一音ずつ歌詞を割り当てていく形で、ボーカロイドなどの歌声合成ソフトを触ったことがある人ならすぐになじめると思う。歌詞をまとめて入力して、並んだ音符に順番に流し込むこともできるので、一曲分の歌詞を一音ずつ打ち込む手間はかからない。 言語は声とは別に指定できる。日本語の曲の途中に英語のフレーズが入る、といった現代のポップスにありがちな歌詞も、同じ声のまま歌わせ分けられる。声モデルによって得意な言語はあるものの、別の言語で歌わせることもできるので、英語圏の歌い手の声で日本語を歌わせるといった試し方も可能だ。ただ、この場合は発音にやや癖が残ることがあり、細かな修正が必要になる場面は増える。 発音が思ったとおりにならないときは、歌詞の下にある発音記号、つまり音素の並びを直接いじることになる。2.1.7で入った音素の境目の調整は、ここで効いてくる。たとえば「さ」の子音を少し前に出して、拍の頭にちょうど母音が来るようにする、といった調整ができるので、リズムの立った曲で歌がもたついて聴こえるときに頼りになる。日本語の歌は子音が短く母音が長いので、境目を少し動かすだけで、言葉の聴き取りやすさが目に見えて変わると感じた。 歌詞を乗せた段階で、一度通して聴いてみるとよい。ACE Studioはこの時点で、すでにかなり「歌っている」音を返してくる。音程の揺れ方、フレーズの入りの膨らみ方、語尾の抜け方といった表情が、何も手を加えなくてもある程度付いているからだ。ここが、これまでの歌声合成と大きく違うところで、後の調声の考え方にもつながってくる。 声を選ぶ、140を超えるモデルとVoiceMix 窓辺に立つ一本のマイク。ACE Studioでは、この前に立つ歌い手を140を超える声から選び直せるPhoto: StudioMalibu14 / CC BY-SA 3.0 歌わせる声は、140を超えるモデルの中から選ぶ。ポップス、バラード、ラップ、カントリー、シャンソンといったジャンルごとに得意な声が揃っていて、子どもの合唱のような声もある。どの声も実在の歌い手の歌唱をもとに作られていて、声の提供者には利用料が支払われる仕組みになっている。権利の扱いがはっきりしている点は、作品として外に出すときの安心材料になる。 声選びでいちばん便利なのは、同じメロディと歌詞のまま、声だけを次々に差し替えて聴き比べられることだ。キーが高い曲で男性の声と女性の声のどちらが合うか、柔らかい声と張りのある声のどちらが曲の雰囲気に合うかを、歌い手を何人も呼ばずに確かめられる。曲のキーを決める前に、いくつかの声で歌わせてみて決める、という順番も取れる。 ...