Ozone 12のマスタリングアシスタントは提案まで。受け入れる前に聴く低域・音量・ステレオ幅の3か所
ミックスを書き出して、新しいトラックにOzone 12を挿し、Master Assistantのボタンを押す。サビを数十秒流すと解析が終わり、再生し直した瞬間に曲がひと回り大きく、明るく、前に出てくる。さっきまで自分の部屋で鳴っていた音が、急に配信サービスで聴く曲の並びに入れそうな顔つきになる。この瞬間の気持ちよさは、宅録で曲を作っている人なら一度は味わったことがあると思う。 ただ、その「良くなった」という感覚の中には、単純に音が大きくなったことによる錯覚がかなり混ざっている。そして、低域の量、音圧の詰め方、左右の広がりの3つは、アシスタントの提案がそのまま自分の曲に合うとは限らない場所でもある。この記事では、Ozone 12のMaster Assistantが何をしているのかを押さえたうえで、提案を受け入れる前に聴き直したい3か所と、そのときに触るモジュールを順番に見ていく。アシスタントを疑うための記事ではなく、アシスタントの出した下書きを、自分の曲の完成形に仕上げるための手順だと思って読んでもらえるとうれしい。 Ozone 12で何が変わったか、エディションごとの違い マスタリングスタジオの作業席。Ozoneはこの部屋の機材の役割をプラグインの中にまとめている Photo: Giuliano Radiciotti / CC BY-SA 4.0 Ozone 12は2025年9月に登場した、iZotopeのマスタリング用プラグインの最新版だ。2026年11月の時点でも、これが現行のバージョンになっている。目玉として加わったのは3つのモジュールで、完成した2ミックスの中からボーカルやベース、ドラムといった要素ごとにEQをかけられる「Stem EQ」、低域の量と押し出しを専用に整える「Bass Control」、潰れすぎた音源のアタックを機械学習で取り戻す「Unlimiter」がそれにあたる。最終段の音量を決めるMaximizerにも、新しいリミッターの方式「IRC 5」が加わった。 エディションはElements、Standard、Advancedの3つに分かれている。Master Assistantはすべてのエディションに入っていて、いちばん手頃なElementsでもアシスタントに曲を解析させ、提案を受け取るところまではできる。ただしElementsで触れるのは大まかなつまみが中心で、個々のモジュールを開いて細かく調整したいならStandard以上が必要になる。この記事で使うBass ControlとIRC 5はStandardから、Stem EQとUnlimiterはAdvancedだけの機能だ。動作環境はmacOSとWindowsで、VST3、AU、AAXのプラグインとしてDAWに挿して使う。 Master Assistantが提案を作るまで アシスタントを起動すると、すべてを任せる自動の流れと、いくつかの条件を自分で選ぶ「Custom」の流れのどちらかを選べる。この記事でおすすめしたいのは後者だ。Customでは、まず曲のジャンルに近い目標の音のバランスを選ぶか、手元にある参考曲を読み込ませるかを決める。次に、どのくらいの音量を目指すかを決め、アシスタントに使わせるモジュールを選ぶ。最後に曲のいちばん大きい部分、たいていはサビを再生して解析させると、EQ、ダイナミクス、ステレオイメージ、Maximizerといったモジュールが自動で並び、それぞれに設定が入った状態になる。 解析が終わったあとの画面には、いくつかの大きなつまみが並ぶ。全体の音量を決めるつまみ、目標の音のバランスにどれだけ寄せるかを決めるつまみ、音の強弱や広がりを目標にどれだけ合わせるかを決めるつまみなどだ。これらは個々のモジュールの細かい設定をまとめて動かす、いわば上位のハンドルになっている。中で何が起きているかは、モジュールを1つずつ開けば確かめられる。 ここで覚えておきたいのは、アシスタントが目指しているのは「選んだジャンルや参考曲の平均的な姿」だということだ。それに近づくことは、多くの場合、曲を整える方向に働く。一方で、あえて低域を薄くしたアレンジや、真ん中に音を集めた古い録音風の音作りのように、平均から外れたところに曲の個性がある場合は、アシスタントがその個性を平均に引き戻してしまうことがある。だから提案は下書きとして受け取り、曲ごとに聴き直して決めるのがよいと思う。 聴き直す前に、Gain Matchで音量をそろえる 3か所を聴く前に、1つだけ準備がいる。音量をそろえることだ。人の耳は、同じ音でもわずかに大きいほうを「良い音」と感じやすい。アシスタントを通した音は、元のミックスよりかなり大きくなっているので、そのまま切り替えて比べると、どんな設定でも「通したほうが良い」と聞こえてしまう。これでは、低域や広がりの良し悪しを判断できない。 Ozoneには、この錯覚を避けるための「Gain Match」という機能がある。オンにすると、処理前と処理後を切り替えたときの音量差を自動で打ち消し、同じくらいの大きさで聴き比べられるようになる。オンにした状態でバイパスを切り替えると、さっきまで劇的に聞こえた変化が、意外と控えめだったことに気づくはずだ。そこで初めて、音色や広がりそのものの違いが耳に入ってくる。 あわせて、モニターの音量も決めておきたい。聴き比べの途中でスピーカーやヘッドホンの音量を上げ下げすると、耳の基準がずれていく。いつも作業しているくらいの、長く聴いても疲れない音量に固定して、そのまま最後まで聴く。この2つをそろえるだけで、ここから先の判断がずっと確かになる。 1か所目、低域はキックとベースの関係で聴く JVCマスタリングセンター(横浜)の一室。低域を判断するために、大きなスピーカーと整えられた部屋が用意されている Photo: JacoTen from Tokyo, Japan / CC BY-SA 2.0 最初に聴くのは低域だ。マスタリングで低域が難しいのは、部屋と再生機器の影響をいちばん強く受ける帯域だからだ。写真のような専用の部屋なら、低い音までまっすぐ聴こえるように整えられている。一方で、6畳の部屋の机の上に置いた小さなモニタースピーカーでは、ある帯域は膨らみ、別の帯域はほとんど聞こえない、ということが普通に起こる。アシスタントは曲そのものを解析しているので部屋の影響は受けないが、こちらがその結果を正しく聴けていないと、良し悪しの判断ができない。 聴くときは、低域の量そのものより、キックとベースの関係に耳を向けるとわかりやすい。アシスタントを通したあと、キックの「ドン」という頭がベースの音に埋もれていないか。ベースの音程が、低い音になるほどぼやけていないか。サビでキックとベースが同時に鳴った瞬間に、全体の音がわずかに沈んだり、歪んだりしていないか。この3点を、スピーカーとヘッドホンの両方で確かめる。普段使っているイヤホンや、スマートフォンのスピーカーで一度聴いておくのもよい。小さなスピーカーでベースの音程がまったく聞こえなくなるなら、低域の下のほうに頼りすぎている合図になる。 調整には、Ozone 12で加わったBass Controlが使いやすい。設定した周波数より下の量を上げ下げする「Balance」と、キックのアタックを持ち上げる「Punch」の2つが基本で、まずこの2つを動かすだけでたいていの問題は片づく。キックが埋もれているならPunchを少し足し、全体が重たいならBalanceを下げる。低域だけを取り出して聴くソロ機能もあるので、何を足し引きしているのかを耳で確かめながら進められる。アシスタントがEQで低域を大きく持ち上げているなら、そのEQの山を少し削ってからBass Controlで整えるほうが、低域が締まった音になりやすいと感じている。 もう1つ大切なのは、ミックスの段階で低域がすでに整っているなら、マスタリングで足しすぎないことだ。アシスタントの提案が元のミックスより明らかに重たくなっているときは、選んだジャンルの目標が、自分の曲より低域の多い音楽を基準にしている可能性がある。そういうときは、目標を近い別のジャンルに替えるか、参考曲を自分の曲に近いものに差し替えて解析し直すと、提案そのものがぐっと自然になる。 2か所目、音量は配信の基準とサビのアタックで決める 次は音量だ。アシスタントの目標音量は、配信向けの設定なら、多くの配信サービスが再生時にそろえる音量の基準に近いところに置かれる。代表的なのは、曲全体の平均の大きさを表すラウドネスで-14 LUFS前後という値だ。配信サービスの多くは、これより大きい曲は再生時に音量を下げてほかの曲とそろえるので、それ以上に詰め込んでも、聴き手の耳に届く大きさはほとんど変わらない。変わるのは、潰したぶんだけ失われたアタックと抑揚のほうだ。 聴き直すときは、サビのスネアやキックのアタックに耳を向ける。Gain Matchをオンにして処理前と比べ、スネアの「パン」という立ち上がりが丸くなっていないか、サビに入った瞬間の盛り上がりが平たくなっていないかを確かめる。Maximizerを開くと、どのくらい音を抑え込んでいるかがメーターで見える。サビのたびに大きく抑え込んでいるなら、音量のつまみを少し戻す。IRC 5は大きな音量でも歪みが目立ちにくい方式だが、それでも限度はあり、余裕を残したほうが曲の呼吸は保たれる。 もう1つ確かめたいのが、ピークの上限だ。配信用の音源はサービス側で圧縮された形式に変換されるので、そのときに元の波形より少しだけ大きなピークが生まれることがある。上限ぎりぎりまで詰めた音は、ここで歪むことがある。Maximizerの上限は、細かな値の山まで含めて測る設定にして、-1dB前後の余裕を残しておくと安心だ。CDのように変換を挟まない用途なら、もう少し詰めてもかまわない。どちらにしても、何に使う音源なのかを最初に決めて、Customの目標音量でそれを選んでおくと、あとの判断が迷わずに済む。 Advancedには、潰れすぎた音源のアタックを取り戻すUnlimiterも入っている。ただ、これは古い音源や他人から受け取った音源を救うための道具だと考えたほうがよい。自分の曲を自分で詰めすぎたのなら、Unlimiterで戻すより、Maximizerを少し緩めるほうが早いし、音もきれいに残る。 3か所目、ステレオ幅はモノラルに切り替えて確かめる アリゾナ州フェニックスのSAE Masteringの作業席。左右のスピーカーの中央に座って、音の広がりを確かめる Photo: VACANT FEVER / CC BY-SA 2.0 最後はステレオ幅だ。アシスタントが目標に合わせて広がりを調整すると、曲によっては左右がぐっと開き、音が部屋いっぱいに広がったように聞こえる。この変化はわかりやすく気持ちがいいので、つい受け入れたくなる。ただ、広げすぎた音は、スマートフォンのスピーカーやお店のBGMのように、左右の音がまとめて鳴る環境で、ボーカルやギターが急に引っ込んだり、音の一部が消えたように聞こえたりすることがある。 ...