盃の底に紅と金の富士山、田島硝子 金箔富士 冷酒杯(桜)
盃の底に富士山が立っている。それも、酒を注ぐたびに色を変える富士山だ。東京の老舗ガラスメーカー、田島硝子の「金箔富士 冷酒杯(桜)」を見ていく。 「被せ硝子」という二重構造 田島硝子 金箔富士 冷酒杯(桜)Amazonで見る → この盃の見た目のインパクトは、透明なガラスの上にもう一枚、薄い色ガラスを重ねる「被せ硝子(きせがらす)」という技法から来ている。職人が透明なガラスの生地に、0.2〜0.3mmほどの薄さで色ガラスをひとつずつ吹き重ねていくのだそうで、この一枚がロックグラスのボディに紅色の帯を作っている。そこにさらに金箔の装飾を施すことで、単色のガラスとは違う奥行きが出ている。 田島硝子はこの被せ硝子を、江戸切子の材料としても長年供給してきたメーカーだと知って、なるほどと思った。切子細工に使われる色ガラスの生地を作る側の会社が、自社ブランドとしてこういう装飾グラスも手がけているというのは、素材屋としての引き出しの多さを感じさせる。 底に沈む富士山 — 酒を注ぐと表情が変わる このシリーズの一番の仕掛けは、グラスの底に成形された富士山のシルエットだ。透明な部分に山の形が浮かび上がっていて、そこに冷酒を注ぐと、酒の色が山の周りに回り込んで、素面のときとは違う富士山の表情になる。日本酒なら淡く、梅酒や果実酒なら色濃く、注ぐものによって同じ富士山が違う顔を見せるのがおもしろい。 底の紅色の帯と金箔の装飾が、山の稜線のあたりに雪ならぬ夕焼けを乗せているようにも見える。ただの飾りグラスというより、酒を注いで初めて完成する器だと思う。 江戸切子ではなく、江戸硝子 見た目の華やかさから江戸切子と混同されがちだが、これは切子(カットを入れる技法)ではなく江戸硝子という別の伝統工芸に分類される。東京都の伝統工芸品に指定されているのは硝子生地そのものの製法で、そこに文様を彫り込むのが江戸切子、色や被せで表情を作るのが江戸硝子、という住み分けになる。この冷酒杯にはカットの切り込みは一切入っておらず、色被せと金箔だけで模様を作っているので、素直に江戸硝子の仕事として見るのが正確だと思う。海外の販売ページではこのあたりがまとめて「エドキリコ」と紹介されていることもあるようだが、厳密には別物ということは知っておいて損はない。 サイズと色 — 「桜」は淡いピンクではなく紅系 口径は56mm、高さ76mmほどの小ぶりなショットグラスサイズで、冷酒をきゅっと一杯という量しか入らない。ラインナップには瑠璃(青)、金赤、黒、緑なども並んでいて、この「桜」はその中でも紅色寄りの一本だ。名前から桜色の淡いピンクを想像していたが、実物は金赤に近い、赤とピンクの中間のような濃いめのトーンだった。パッケージ写真だけで選ぶと色の印象が変わる可能性があるので、そこは知った上で選んだほうがいい。 化粧箱のサイズは70×97×70mmとコンパクトで、贈り物として渡すにも困らないサイズにまとまっている。 冷酒専用 — 電子レンジと食洗機はNG 名前の通り「冷酒杯」なので、燗酒には向かない。急激な温度変化に弱いガラスの性質上、電子レンジや食洗機の使用は避けたほうがよく、手洗いでスポンジを使ってやさしく洗うのが基本の手入れになる。他の食器と一緒に洗うとぶつかって欠けやすいので、単独で洗うくらいの気遣いはしてあげたい一本だ。 ソーダガラス特有の話として、洗浄後に水滴が残ると跡が白く曇って見えることがあるが、これは汚れではなく、乾いて拭き上げれば元の透明感に戻る。神経質になりすぎず、使うたびに拭き上げる習慣をつければ十分だと思う。 1956年創業、江東区のガラスメーカー 田島硝子 金箔富士 冷酒杯(桜)Amazonで見る → 田島硝子は1956年に東京・江東区で創業し、現在は3代目に代を重ねている会社だ。もともとは江戸切子向けの色被せガラスを生地として供給する仕事を長く手がけてきたメーカーで、その中で薄い被せガラスの技術を磨き上げてきた背景がある。この冷酒杯シリーズも、その蓄積の上に生まれたブランド展開のひとつという位置づけになる。 このシリーズを含む「富士山グラス」のラインは、おみやげグランプリでグランプリと観光庁長官賞を受賞した実績を持つ。空港や百貨店の土産物コーナーで見かけることが多いのも納得で、日本らしいモチーフをガラスの技術で仕上げた、お土産の定番という立ち位置を確立している。実際、海外向けのショップでも同じ富士山グラスのシリーズを扱っているところが複数あり、国内外どちらでも通用する一本になっているようだ。 価格と購入先 価格は公式オンラインショップで8,800円(税込)。Amazonでも単体の桜カラーが購入でき、瑠璃(青)との2個セットなど、ギフト向けの組み合わせ販売も見かける。生産終了や後継モデルへの切り替えといった情報は見当たらず、現行ラインナップとして問題なく選べる状態だ。 化粧箱の仕様や同梱物(ポストカードなど)はセット構成によって差があるようなので、贈り物にする場合は購入前に商品ページの内容をよく確認しておくと安心だと思う。 底に沈んだ富士山に酒を注いだ瞬間だけ、この盃は完成する。ただ眺めて美しいだけでなく、使うたびに違う表情を見せてくれるところが、この一杯を手元に置いておきたくなる理由なのだと思う。 関連記事: 廣田硝子のちろりで燗をつける、大正の灯りを写した耐熱ガラス · 貝殻の虹色を酒で呼び覚ます、高岡漆器 螺鈿ガラス 金杯(万華鏡)桜