耳コピの1週間で伸びるのは速さで、届く範囲はまだ広がらない

耳コピを始めようとすると、最初に「音感がないから無理だ」という壁に当たる。好きな曲のベースラインを拾おうとしても、どの音なのか見当がつかない。鍵盤を一つずつ押して探すうちに、さっき聴いたはずのフレーズが頭から消えている。こういう経験を何度か繰り返すと、耳コピは生まれつき耳のいい人だけの技術に見えてくる。 ただ、耳コピに必要なのは、音名をいきなり言い当てる能力ではない。基準になる音から「どれだけ離れているか」を聴き取る力で、これは練習で伸びる。一方で、1週間で届く範囲には限りがあるのも確かだ。この記事では、1週間の反復で変わる部分と変わらない部分を切り分けたうえで、その1週間をどう使うかを順に書いていく。 1週間で変わるのは速さで、届く範囲はまだ広がらない 耳で拾った音を確かめる場所として、鍵盤は手元に一つあると話が早いPhoto: zaui/Scott Catron / CC BY-SA 2.0 聴覚の訓練については、音の高さの聞き分けを繰り返し練習すると、練習した課題そのものの成績は数日のうちに上がり、練習していない似た課題に効果が広がるのはそれより遅れて来る、という傾向がはっきりしている。耳コピに置き換えると、毎日練習している音程やフレーズの型は、1週間でかなり速く答えられるようになる。ところが、練習していない音程や、聴き慣れない和音の響きまで同じように分かるようになるには、もっと時間がかかる。 私はこの差を「速さ」と「範囲」と呼んで分けて考えている。1週間で伸びるのは速さのほうだ。同じ長3度を聴いたときに迷う時間が短くなり、ベースの動きを鍵盤で探すときの空振りが減る。ここは数日で手応えが出るので、続ける動機にもなる。 範囲のほうは、1週間ではほとんど広がらない。たとえば長3度と短3度の区別ができるようになっても、それがそのままセブンスやテンションの聞き分けにつながるわけではない。速いパッセージも、1週間後もまだ団子のように聴こえるはずだ。ここで「伸びていない」と判断してやめてしまうのが、いちばんもったいないと思う。範囲は週単位ではなく月単位で広がるものだと最初から決めておくと、気持ちが楽になる。 絶対音感についても触れておく。大人になってから音名を基準なしに当てられるようになるかを確かめた研究では、8週間にわたって合計で十数時間から二十数時間の訓練を続けた結果、6人のうち2人が、絶対音感を持つ人と見分けがつかない成績に届いたと報告されている。届いた人がいるという点は興味深いが、裏を返せば、2か月かけても大半の人は届かなかったということでもある。1週間の練習でこれを目標に置く理由はない。耳コピに必要なのは、次の節で書く相対音感のほうだ。 絶対音感ではなく、主音からの距離で聴く 19世紀の英国で広まった階名の手振り。どの調でも主音を「ド」と呼ぶ移動ドの考え方を、手の形で覚えさせたImage: John Curwen (1816-1880) / Public domain 相対音感は、基準になる音と比べて、もう一つの音がどれだけ離れているかを聴き取る力のことだ。耳コピで頼りになるのはこちらで、しかも大人になってからでも練習で身につく。 ここで一つ工夫したいのが、音と音の距離を「2音の間隔」として覚えるより、「その曲の主音から見て何番目の音か」として覚えるやり方だ。いわゆる移動ドの考え方で、ハ長調ならCをド、ヘ長調ならFをドと呼ぶ。どの調でも、主音に戻ったときの落ち着き方や、7番目の音が主音へ引っ張られる感じは同じように聴こえる。この「役割の響き」を覚えておくと、調が変わっても同じ耳がそのまま使える。 音程を一つずつ当てる練習は、最初はとっつきやすい。長2度、長3度、完全5度と順番に覚えていけば、問題集のように点数が上がるからだ。ただ、実際の曲では音が連続して流れていくので、2音ずつ間隔を計算していると、3音目あたりで最初の音を忘れてしまう。主音からの位置で聴く方法なら、一つひとつの音を同じ基準で測れるので、メロディが長くなっても崩れにくい。 このやり方は、練習の最初の手順もはっきりさせてくれる。曲を流しながら、いちばん落ち着く音、つまり「ここで終われる」と感じる音を声で探す。その音を鍵盤で確かめたら、それがドだ。最初の数日はこれだけで十分練習になる。ドが見つかれば、使われている音の候補がほぼ7つに絞られるので、あとの探索がずっと短くなる。 7日間の割り振り 1日の練習時間は15分から20分ほどで足りると考えている。長くやるより、毎日同じ時刻に続けるほうが効く。聴覚の訓練には、1日のうちに一定量をこなせばそれ以上増やしても伸びが変わらない、という性質もあるので、週末にまとめて2時間やる必要はない。私なら次のように割り振る。 1日目と2日目は、主音を探す練習と、アプリでの音程練習を半分ずつ。音程は長3度・完全5度・オクターブのように響きのはっきりしたものから始める。知っている曲の出だしを手がかりにして覚えるのも有効だ。 3日目と4日目は、移動ドでの聞き分けに切り替える。主音を鳴らしたあとに出てくる1音が、ド・ミ・ソのどれかを答えるところから始めて、レやラを足していく。ここで正解率が急に上がるのを感じられると思う。 5日目から7日目は、短いベースラインを1本だけ選んで耳コピする。8小節もあれば十分で、毎日同じ曲を続けてよい。7日目には、1日目に同じフレーズを聴いたときと比べて、探す時間がどれだけ縮んだかを振り返る。範囲はまだ狭くても、速さの変化は分かるはずだ。 アプリはここで記憶の受け皿として使う。無料で始めるならブラウザで動くmusictheory.netの練習問題が手軽で、音程・和音・音階の聞き分けを設定どおりに出題してくれる。teoria.comも同じく無料で、旋律の書き取りまで用意されている。スマートフォンなら、主音との関係で音を聴き分けるFunctional Ear Trainerが、移動ドの練習にそのまま合っている。ゲームのように段階を踏みたいならComplete Ear Trainer、体系的なコースまで欲しいならEarMasterがある。1週間の段階では一つに絞ったほうがよく、私は移動ドの練習ができるものを一つだけ入れておくのが無難だと思う。 耳コピはベースラインから始める ベースは1度に1音しか鳴らないことが多く、和音の土台も教えてくれるPhoto: Dejan Krsmanovic / CC BY 2.0 耳コピをどのパートから始めるかで、最初の1週間の手応えは大きく変わる。私はベースラインから始めるのをすすめたい。理由は三つある。 一つ目は、ベースはたいてい1度に1音しか鳴らさないことだ。和音のように複数の音を同時に聞き分ける必要がないので、相対音感の練習がそのまま生きる。二つ目は、ベースの音がその場の和音の根音であることが多い点だ。ベースラインを拾えば、コード進行の骨組みもかなり見えてくる。三つ目は、ポップスやロックでは同じ動きが何度も繰り返されることが多く、短いフレーズを一度拾えば曲全体に応用できることだ。 一方で、低い音は小さなスピーカーでは聴き取りにくい。ノートパソコンの内蔵スピーカーでは、ベースの音程そのものがほとんど出ていないこともある。ヘッドホンか、低音の出るスピーカーで聴くのが前提になる。 手順は次のようにしている。まず曲を2回か3回、何もせずに通して聴く。次に主音を声で探して鍵盤で確かめる。それから、拾いたいフレーズを4秒から5秒の長さで区切り、ループさせる。音を探すときは、いきなり鍵盤で探さずに、まず声に出して歌う。歌えた音は頭の中に残るので、鍵盤で探す間に消えにくい。歌えたら、主音から何番目の音かを考え、その候補から鍵盤で確かめる。1フレーズは3音から5音程度に収め、拾えたらその場で書き留める。 ベースが聴き取りにくい曲なら、メロディを先に拾ってもかまわない。メロディは高い音域にあって目立つので、ベースの次に聴き分けやすいパートだ。和音の中の内声は最後に回す。最初の1週間でここまで手を広げる必要はないと思う。 速度を落とせる道具を一つだけ持つ ベースの音程まで聴き取るには、低音の出るヘッドホンかスピーカーが前提になるPhoto: Jason Meredith / CC BY 2.0 耳コピの道具として、音の高さを変えずに再生速度を落とせるソフトは一つ持っておきたい。1週間目は、ほとんどのフレーズを原曲の50%から75%くらいの速さに落として聴くことになるからだ。速いフレーズはそのままでは音がつながって聴こえるが、速度を落とすと一つひとつの音の切れ目が見えてくる。 定番はパソコン用のTranscribe!で、区間のループ、高さを変えない減速、波形の表示がまとまっている。Macやスマートフォン中心ならAnytuneやAmazing Slow Downerも同じ目的で使える。最近は、曲をボーカル・ドラム・ベースなどに分けて再生できるMoisesのようなアプリもあり、ベースだけを大きくして聴くこともできる。これは便利だが、和音の判定まで自動で表示されるので、練習の段階では答えを先に見てしまわないよう、表示を隠して使うほうがよいと思う。 DAWを使っているなら、手持ちのDAWでも代わりになる。多くのDAWには、ループ再生と、高さを保ったまま速度を変える機能がある。新しいソフトを覚える時間を練習に回せるので、DAWに慣れている人はまずそちらで試すとよい。 道具を増やすと、それぞれの使い方を覚えるだけで1週間が終わってしまう。減速とループができるものを一つ選び、残りの時間は耳を使うことに回すのが、私はいちばん効率がよいと考えている。 1週間後に残るもの、残らないもの 1週間続けた時点で、手元に残るものは意外と多い。曲を聴いて主音を見つけるまでの時間は、初日と比べてずいぶん縮んでいるはずだ。響きのはっきりした音程なら迷わずに答えられるようになり、短いベースラインなら、減速とループを使って最後まで拾えるようになっている。 ...

2026年10月9日 · 1 分 · 74 文字 · kingsworksub-jpg