WaoNの自動耳コピは答え合わせに使う、ベースからメロディまで耳で取る1か月

耳コピの練習をしていると、どうしても「答えがすぐ分かる道具があればいいのに」と思う瞬間がある。ベースが何の音を弾いているのか、何度聴いても確信が持てない。コードの響きが明るいのか暗いのかまでは分かっても、その先が詰められない。そういうとき、音声を読み込ませると音符に起こしてくれる自動採譜のソフトは、とても魅力的に見える。 その自動採譜の中でも、長い歴史を持つのが「WaoN」だ。もともとはコマンドラインで動くオープンソースのソフトとして公開され、30年近く手を入れ続けられてきた。それが今、iPhone、iPad、Mac向けのアプリ「わおん — Music Transcriber」として出てきた。AIで何でも自動化される時代に、あえて古典的な信号処理で勝負しているところも面白い。 ただ、耳コピの練習という目的から見ると、自動採譜は使い方を間違えると練習そのものを奪ってしまう。最初から答えを見てしまえば、耳は何も鍛えられない。この記事では、WaoNのような自動採譜に任せる部分と、自分の耳で取る部分を分けたうえで、ベースライン、コード、メロディの順に1か月で耳コピを身につける練習の組み方を書いていく。 30年近く育てられてきた自動採譜、WaoN 音を高さの情報として読み取るのが自動採譜の仕事。基準の音から距離を測るのは、耳コピも同じだPhoto: Lukasz Kobus, European Commission / CC BY 4.0 WaoNは、市来健吾さんが開発してきた自動採譜のソフトだ。録音された音声を細かい時間ごとに区切り、高速フーリエ変換で周波数の成分に分解して、どの高さの音がどのくらいの強さで鳴っているかを調べ、それを音符としてMIDIファイルに書き出す。ライセンスはGPLで、ソースコードが公開されている。コマンドラインで動く本体のほかに、音の高さを変えずに速さだけを変えるフェーズボコーダーや、GTK+で作られた画面付きの版も同梱されていた。macOSならHomebrewで今もインストールでき、最後のバージョンは2015年の0.11になっている。 コマンドラインの道具は、使いこなせる人には便利だが、耳コピをしたい多くの人にとっては敷居が高い。新しく出たアプリ版の「わおん」は、その敷居を大きく下げてくれる。音声ファイルを読み込むか、マイクで録音すると、波形とスペクトログラム、それに音符を時間軸に並べた表示が出てくる。検出された音符は手で直すことができ、仕上がったものはMIDIとMusicXMLで書き出せる。処理はすべて端末の中で行われ、アカウントもネット接続もいらない。 価格は4,980円の買い切りで、無料のままでも各音声ファイルの最初の30秒までは全機能を試せる。手元のスマホで録った練習音源を、机のMacで確かめるという使い方もできる。 いちばん面白いと感じたのは再生速度の扱いで、速さを0倍まで落としても音が鳴り続ける。普通のプレーヤーで再生を止めると音は消えるが、わおんでは止めた瞬間の響きがそのまま伸びて聞こえる。和音が鳴った一瞬を引き延ばして、どの音が重なっているかをゆっくり聴ける。これは自動採譜とは別に、耳コピの練習道具としてかなり価値のある機能だと思う。 自動採譜が苦手なのは、倍音と重なった音 一つの音でも、上には倍音の帯が何本も並ぶ。機械はこれを別の音符と取り違えやすいPhoto: Giovanni Bortoluzzi / CC BY-SA 4.0 自動採譜をどこまで信用していいかを決めるには、何が苦手なのかを知っておくのが早い。楽器の音は一つの高さだけでできているわけではなく、基本になる音の上に、2倍、3倍、4倍といった周波数の倍音がいくつも重なっている。人間の耳はこれをまとめて一つの音として聴くが、周波数の成分だけを見ている機械からすると、倍音の一つひとつが別の音に見えることがある。 特に困るのがオクターブの取り違えだ。低いドの倍音には、1オクターブ上のドと同じ周波数の成分が強く含まれている。そのため、実際には弾かれていない1オクターブ上の音が検出されたり、逆に低い音が抜け落ちたりする。ピアノの倍音は、弦の硬さの影響で整数倍から少しずつずれていくので、さらに判断が難しくなる。 複数の楽器が同時に鳴っている音源では、この問題がいっそう大きくなる。ベース、ギター、鍵盤、ボーカルの成分が一つの波形に混ざると、どの成分がどの楽器のどの音から来たのかを切り分けるのは、機械にとっても簡単ではない。ドラムのように音の高さがはっきりしない音は、そもそも音符に起こすのに向いていない。わおんはAIで推測を重ねるのではなく、フェーズボコーダーで周波数の精度を補う古典的な方法を取っていて、低音の分解能を上げる工夫がされている。それでも、混み合ったバンドの音源を読み込めば、完成された楽譜がそのまま出てくるわけではない。 つまり自動採譜の結果は、正解ではなく「候補」として見るのがちょうどいい。この性格は、耳コピの練習にとってはむしろ都合がいい。自分の耳で取った音と、機械が出した候補を見比べて、違うところを聴き直す。この往復が、耳を鍛えるいちばんの練習になるからだ。 機械に任せる部分と、自分の耳で取る部分 1か月の練習を組む前に、線を引いておきたい。機械に任せていいのは、音を引き延ばす、速度を落とす、聴き取った音が合っているかを確かめる、という三つの作業だ。自分の耳でやるのは、どの音が鳴っているかを最初に判断する部分で、ここだけは必ず人間が先に答えを出す。 順番を逆にすると、練習の効果はほとんど残らない。自動採譜の結果を先に見てしまうと、その音符が「正しそうに聞こえる」ようになる。耳は答えに引っ張られやすく、自分で判断する前に答えを知ると、聴き取る力ではなく、答えを確認する力ばかりが育つ。だから、わおんの音符表示は、自分の答えを書き終えてから開く、と決めておく。 取る順番は、ベースライン、コード、メロディにする。ベースは一度に一つの音しか鳴らないことが多く、動きも単純で、聴き取りの入り口に向いている。ベースの音が分かれば、それがコードの根音になっていることが多いので、コードの判断がぐっと楽になる。メロディは目立つので最初に取りたくなるが、伴奏の中での位置づけが分かってから取ったほうが、音の選び方に納得がいく。耳コピの最初の1週間の過ごし方は「耳コピの1週間で伸びるのは速さで、届く範囲はまだ広がらない」にまとめたので、まったく初めての人はそちらから始めるのもいいと思う。ここでは、その先の1か月を想定している。 1週目、ベースラインを取る ベースは一度に一つの音を弾くことが多い。動きを追う最初の対象として扱いやすいPhoto: Melissa Ursula Dawn Goldsmith / CC BY-SA 4.0 1週目は、テンポがゆっくりで、ベースがはっきり聞こえる曲を1曲選ぶ。最初からうねるようなフレーズの曲を選ぶと、聴き取りの前に心が折れる。ルート音を中心に動くポップスやバラードがちょうどいい。 やり方は単純で、まず4小節だけを何度も聴き、ベースの動きを声でなぞる。音の高さが分からなくても、上がったか下がったか、同じ音が続いているか、の三つだけはメモしておく。次に鍵盤やベースで、なぞった動きに合う音を探す。最初の1音さえ見つかれば、あとは「上がった」「下がった」の情報を頼りに隣の音を探していける。 低い音は聴き取りにくいので、再生速度を半分くらいまで落とすと助けになる。ここで、わおんのような速度を自由に変えられる道具が役に立つ。音の高さを変えずに遅くできるので、速いフレーズでも一音ずつ追える。ヘッドホンで聴くと低音の輪郭がはっきりするので、できればスピーカーよりヘッドホンで練習したい。 4小節を自分で取り終えたら、そこで初めて自動採譜の結果を開いて、自分の答えと並べる。食い違ったところは、どちらが正しいかを決めつけずに、その部分だけを0倍速で引き延ばして聴き直す。機械が1オクターブ上の音を出していることもあれば、自分が隣の音と取り違えていることもある。この食い違いを一つずつ確かめていく時間が、1週目でいちばん身につく時間になる。 1週目の目標は、1曲の中のサビか、Aメロ1つ分のベースラインを、自分の耳で最後まで取り切ることにする。全部を正しく取れなくても構わない。取れなかった箇所に印をつけておけば、それが2週目以降に戻ってくる場所になる。 2週目、ベースを手がかりにコードを取る 2週目は、1週目に取ったベースラインの上に乗っているコードを取る。コードを最初から全部聴き取ろうとすると難しいが、ベースの音がそのままコードの根音になっていることが多いので、まずは「ベースの音を根音にしたコードだ」と仮定してから始める。 次に決めるのは、そのコードが明るい響きか、暗い響きかだ。明るければメジャー、暗ければマイナーと考えて、鍵盤で両方を鳴らしながら原曲と聴き比べる。ほとんどのポップスは、この二つの区別だけでかなりの部分が埋まる。原曲のほうに少し濁った、落ち着かない響きがあるなら、セブンスなどの音が加わっていると考えて候補を広げていく。 ここで役に立つのが、わおんの0倍速だ。和音が鳴った瞬間で止めると、その響きが伸び続けるので、重なっている音を一つずつ探すことができる。普通の再生では一瞬で通り過ぎてしまう和音でも、引き延ばせば「上のほうに一つ高い音がある」「真ん中の音が少し低い」といった細かな違いに気づける。自分で鍵盤を鳴らしながら、伸びている響きと重なる音を探していく作業は、思っていたより楽しい。 注意したいのは、ベースの音が根音ではない場合だ。ベースがコードの3度や5度の音を弾いていたり、コードが変わってもベースが同じ音にとどまっていたりすることがある。根音を仮定して鳴らしたコードがどうしても原曲に合わないときは、ベースの音をコードの一番下に置いた別の和音を疑ってみる。 2週目の答え合わせでは、自動採譜の音符表示を和音の手がかりとして使う。わおんが出すのは一つひとつの音符で、コード名を判定してくれるわけではない。検出された音符を縦に眺めて、どの音が同時に鳴っているかを確かめ、自分が取ったコードの構成音と照らし合わせる。倍音の影響で余計な音が混ざっていることもあるので、表示を鵜呑みにせず、自分の耳と鍵盤で最終的な判断をすることを忘れない。 3週目、メロディを取る 3週目でようやくメロディに取りかかる。ベースとコードが分かっていると、メロディの音はかなり絞り込める。メロディの音の多くは、その時点で鳴っているコードの構成音か、その間をつなぐ音になっているからだ。コードを知らないまま12の音から探すのと、コードの構成音を中心に探すのとでは、かかる時間がまるで違う。 手順はベースのときと同じで、まず声でなぞり、上がったか下がったかをメモし、最初の1音を鍵盤で見つけてから順に追っていく。メロディはボーカルが歌っていることが多く、言葉の発音やビブラートで音の高さが揺れて聞こえる。揺れている部分は、伸ばしている音の中心がどこにあるかを聴くようにする。 ボーカルは、自動採譜がいちばん苦手とする素材の一つでもある。声には息の音や子音が混ざり、高さも滑らかに動くので、機械が出す音符は細かく途切れたり、半音ずれたりしやすい。3週目の答え合わせでは、機械の結果をそのまま採用するより、自分の取った音の確認用として、外れている箇所を見つけるのに使うほうが向いている。 ...

2026年10月14日 · 1 分 · 89 文字 · kingsworksub-jpg