アイリッシュウイスキー入門。3回蒸溜は決まりではなく、ポットスチルの個性は生の大麦が作る
アイリッシュウイスキーは「3回蒸溜だから滑らか」と説明されることが多い。ところが、アイルランドの法律を読むと、蒸溜の回数はどこにも決められていない。2回蒸溜で造っている蒸溜所もあるし、煙の香りをつけた銘柄もある。それでもアイルランドのウイスキーにしかない味がある、と言える根拠はどこにあるのか。この記事では、スコッチとの造りの違いを順に並べ、味の傾向がどの工程で分かれるのかを整理する。答えを先に書くと、鍵は蒸溜の回数よりも、発芽させていない生の大麦を原料に混ぜる「ポットスチル・ウイスキー」という区分のほうにある。 先に結論、スコッチとの違いを数字で並べる コーク州ミドルトンの旧蒸溜所に展示されている大型の単式蒸溜器。アイルランドの蒸溜所は、かつてこうした巨大なポットスチルで生の大麦を含む原料を蒸溜していたPhoto: Stephan Schulz / CC BY-SA 3.0 まず、アイリッシュウイスキーとスコッチの決まりごとと慣習を一覧にしておく。法律で決まっているものと、多くの蒸溜所がそうしているだけのものを分けて読むのがポイントだ。法律上の条件は、アイルランド島(アイルランド共和国と北アイルランドの両方)で蒸溜し、木の樽で3年以上熟成させ、40%以上で瓶詰めすること。ここまではスコッチの条件(スコットランドで蒸溜し、オーク樽で3年以上、40%以上)とほとんど同じで、熟成年数の下限も度数の下限も一致している。違いが出てくるのは、原料の組み合わせ、蒸溜の回数の慣習、そしてピート(泥炭)の使い方の3点になる。 項目 アイリッシュウイスキー スコッチウイスキー 熟成の下限 木樽で3年以上(アイルランド島内) オーク樽で3年以上(スコットランド内) 瓶詰め度数の下限 40% 40% 蒸溜回数 法律の定めなし。3回が伝統、2回の蒸溜所もある 法律の定めなし。モルトは2回が主流 ニューメイクの度数(目安) 3回蒸溜で80%台 2回蒸溜で70%前後 独自の区分 ポットスチル(麦芽30%以上+未発芽大麦30%以上) 該当なし ピート ほとんど使わない(例外あり) 地域・銘柄によって使う 綴り whiskey(e が入る) whisky ニューメイク(樽に入れる前の蒸溜したての原酒)の度数は蒸溜所ごとに差があるので、ここでは一般的な目安として示した。蒸溜を1回増やすと度数が10ポイント前後上がり、そのぶん重い成分が取り除かれて軽い口当たりになる。これが「3回蒸溜=滑らか」という説明の根拠だ。ただし、表のいちばん下から2行目に書いた「ポットスチル」という区分こそが、ほかの国にない味を生んでいる部分だと考えている。順に見ていく。 法律が定める4つの区分と、30%と30%の配合 アイルランドのウイスキーは、1980年の法律と、2014年にEUの地理的表示として登録された技術文書によって、4つの区分に分けられている。この区分を知っておくと、ラベルを見ただけで中身の造りがおおよそ分かるようになる。 区分 原料 蒸溜器 ポットスチル(シングルポットスチル) 大麦麦芽30%以上、未発芽大麦30%以上、ほかの穀物は5%まで 単式蒸溜器(ポットスチル) モルト(シングルモルト) 大麦麦芽100% 単式蒸溜器 グレーン(シングルグレーン) トウモロコシ・小麦などが主体、麦芽は30%まで 連続式蒸溜機が中心 ブレンデッド 上の3つのうち2つ以上を組み合わせる ― 「シングル」がつくのは、ひとつの蒸溜所で造られたものという意味で、スコッチのシングルモルトと同じ考え方だ。この表で目を引くのは、いちばん上のポットスチルだろう。麦芽と、発芽させていない生の大麦をそれぞれ30%以上使い、残りもほとんどが大麦で占められる。ほかの穀物として認められているのはオーツ麦やライ麦などで、合計5%が上限になる。 発芽させた大麦(麦芽)は、自分の酵素でデンプンを糖に変えられる。生の大麦にはその力がほとんど無いので、麦芽の酵素を借りて糖化することになる。だから麦芽の割合を下げすぎることはできず、30%という下限が設けられている。一方、生の大麦は麦芽より穀物の殻や油脂分の影響が強く出て、蒸溜したあとの原酒にとろりとした厚みと、胡椒やクローブを思わせる辛みを残す。シングルポットスチルを口に含むと、度数40%でも舌の上で少し重く、油を含んだような質感がある。これは3回蒸溜の軽さとは反対方向の性質で、軽く蒸溜しても厚みが残る原料を使っている、というのがアイルランドの伝統的な設計だと理解している。 以前は「ピュアポットスチル」という呼び方も使われていた。2014年の技術文書以降は「ポットスチル」に統一され、ひとつの蒸溜所で造ったものを「シングルポットスチル」と表示するのが一般的になっている。古いボトルや資料で見かける「ピュア」は、同じものを指す旧称と考えてよい。 なぜ生の大麦を混ぜたのか、1785年の麦芽税 レッドブレスト12年の旧ラベル。「PURE POT STILL」の表記が残っている。現行品は「シングルポットスチル」と表示され、度数は同じ40%Photo: Tasma3197 / CC BY-SA 3.0 生の大麦を混ぜる造りは、味を狙って始まったものではなかった。きっかけは税金だ。1785年、アイルランドで麦芽に税がかけられるようになり、蒸溜業者は課税される麦芽の量を減らすために、税のかからない未発芽の大麦を原料に混ぜ始めた。麦芽を減らせば税は軽くなるが、糖化に必要な酵素が足りなくなる。その折り合いを探るうちに、麦芽と生の大麦を組み合わせる配合が定着していったとされている。 ...